「自分のため」に焦点をおいた授業見学

投稿者: | 2019年8月31日

手っ取り早く教授能力を高める方法として昔からおこなわれてきたものの一つに、授業見学というものがあります。他人(多くの場合、自分より経験値の高い人)に自分の授業を見てもらって、あーでもない、こーでもないとフィードバックをもらう、ということです。

しかしですね、今までの私の経験から言いますと、人に授業を見てもらい、フィードバックをもらって役に立った、授業が改善されたということはあまりないんですよね。

というのはですね、例えば私が素晴らしい授業をするとします。そうすると見学した人に「素晴らしかった」と言われるわけですが、それはあまり役に立ちません。反対に私がへっぽこな授業をするとします。そうすると、大抵の人は「ソフトに」「オブラートに包んで」フィードバックをしてくれるわけですね。ボロクソ言う人もネット上ではいるらしいですが、私は会ったことがありません。

ボロクソ言うのがいいか、オブラートに包んで言ったほうがいいのかは検討を要する課題だとは思いますが、私の考えとしては、

・ボロクソ言う→傷つく、言った人と言われた人の関係性が悪くなる。
・オブラートに包んで言う→言われた方は改善できない。

ということで、どちらにしてもあまりいいことはないのです。というか、フィードバックを前提とした授業見学自体あまり意味がないのです(もちろん異論はあるでしょうが、とりあえず続きを読んでください)。

授業見学月間の実施

私は今回今月の一ヶ月間を「授業見学月間」と称して「少なくとも2人以上の他の講師の授業を見学すること」を7人の講師全員に課しました。その時のルールは以下のとおりです。

・事前に見学する授業の講師に許可を取る。
・授業時間(90分)全部を見なくても良い。

まあ、この辺りは特に目新しいルールではありませんよね。この次のルールが重要です。

・フィードバックをしない

ええ?まじっすか?と他の講師にも言われました。でもその理由を説明したらみんな納得してくれました。その理由とは、

・見るのは自分のためだから

ということです。つまりですね、一般的な授業見学というのは見学者が授業者の授業を見て、あーだこーだ言うところにポイントがあるわけですが、それをやめました。

人の授業から取り入れるべき部分があればそれを自分の授業に取り入れる。もし仮に見学した授業がひどいものだったとしたら、それは言わずに「自分はこれはしないようにしよう」と心の中で思っていればいいのです。これだけで十分意味があります。

繰り返しますが、授業の見学は自分の授業をどう変えるかという観点でおこなうというわけです。

良い点

この方法の良い点はいくつかあります。

まず第一に、「フィードバックはしない」と禁止条項にしているわけですから、授業を見られる方は気分的に楽です。どんなにへっぽこの授業をしても誰にも怒られません。

もちろん中には「厳しいことを言われたほうが自分のためになる」というストイックな人もいるでしょうが、中にはそれで傷ついて立ち直れなくなる人もいます。それに、基本的にプロなわけですから、あまり他人がごちゃごちゃ言わないほうがいいと思うのです。もちろんそれが学生の教育実習とかだったら変わってくるとは思いますが。

私も人にごちゃごちゃ言われるのはあまり好きではありません。他人にごちゃごちゃ言われたくない、うまく行かなかったときはだいたいわかるから自分で修正するよと思います。

次に、見る方も授業後に何を言おうかと考えなくていいから気が楽です。最後に「見せてくれてありがとうございました。」とだけ言えばいいのです。フィードバックが前提で、見た授業がひどかった場合ホント困りますよね。その負担から解放されるわけです。

結局ね、授業は自分で考えてやらないといけないわけです。だったらフィードバックをもらうよりも、人の授業をたくさん見て、自分で気付きを得た方がいいと思うんですよね。

もちろん他人からのフィードバックで気付きを得ることもありますけど、その気付きと同時に傷つくこともあるし、モチベーションが下がることもあります。そういう事態を避けるためにも、こういう授業見学のスタイルも一考の余地があると思います。いかがでしょうか。

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