(ミクロな意味で)「教育の受益者は学習者本人である」という話

投稿者: | 2020年5月24日

ここ最近色々な勉強会に参加しています。時節柄オンライン授業に関する内容が多いのですが、私は実はオンライン授業をやっていないので、グループディスカッションなどでも専ら聞き手に回っています(職場ではオンライン授業をやっているのですが、授業にはサポーターという形で参加しています)。

色々な話が聞けるので面白いです。なるほどと感心する話もありますし、初めて聞くような役に立つ話もあります。

その中でちょっと考えたのは「オンライン授業で顔を出してくれない学生の話」や、「小テストのカンニングをどう防ぐかという話」です。

カメラがOFFで困るのは?

学習者がオンライン授業で顔を出してくれないというのは多くの人に共通する悩みのようです。私もそれはよくわかります。

何かを問いかけても学習者が無言の場合、その問いかけに対する答えを考えているのか、辞書を引いているのか、それとも明後日の方向を向いて違うことをしているのか、全くわかりません。カメラをつけてもらえるに越したことはありません。

しかし、そこにあまりにもこだわっていてもしょうがない気がします。それは別に、「学習者にも事情があるから」ということではありません(もちろんそういうこともあるでしょうが)。カメラをつけないことによって不利益を被るのは、学習者自身だからです。

教師がカメラ越しにこちらの様子を見てくれて、その様子に合わせて何かアクションを起こしてくれれば、それは学習者にとって益となります。例えば「考えている風」を装っていれば、先生は待ってくれますから。でもカメラがオフだと、自分が話そうとした瞬間に他の人に話が振られてしまうかもしれません。

教育の受益者

このようなことは、単に一例に過ぎません。私が言いたいのは、まず教育の第一の受益者は学習者本人であるという原則です。

かんたんな話です。日本語を学んで得をするのは誰ですか?それは学習者本人でしょう。

もちろん、日本語を勉強する人が増えれば、日本国にとっても利益となりますし、私のような日本語を生業としている人間にとっても利益であることに違いありません。でも、「日本に利益になるために日本語を勉強しよう」とか、「先生を食わしてやるために日本語を勉強してやろう」なんて人はまずいません。自分が「日本語ができるようになる」という利益を受けるために勉強をするはずです(もちろん教科課程のために学習を望んでない人もいるでしょうが、それはとりあえず除外します)。

もしある学習者が自らの利益を損なうような行為を行った場合に最も損害を受けるのは、当たり前ですが、学習者本人です。だとしたら、私たちはそれに対してああだこうだいう必要はないと思うのです。

誰だったかが、

学習者が自らの行為によって学習機会を損なった場合、学習者が学習機会を損なったという以上の罰を与えるべきではない

ということを言っているのを聞いたことがありますが、私はその意見に100%同意します。

例えば、授業に10分遅刻した学生がいるとします。その場合、その学生は「10分ぶん授業を受けられなかった」という損害をすでに被っているわけです。だから、遅刻したことに対して叱責したり罰を与える必要はないということです。

小テストカンニング問題もそうではないでしょうか?小テストとは、それまでの学習を定着させるために行うものです。それをカンニングで切り抜けた学生がいた場合、その学生は「小テストのための勉強をしなかった」ということで十分不利益を被っているのです。

もちろん、カンニングを放置することによって、「カンニングをした学生が成績上位になってしまい、他の学生からクレームが来る」とか、そういった二次的な問題は生じるかもしれませんが、原理的にはカンニングというのは自己利益の損失なのです。今日は原理的な話をしています。

だから、私は学習者が自ら自己利益の損失行為を行う場合には、これまであまり大した対応をとってきませんでしたし、これからも変わらないかと思います。

じゃあ、教師の役目は?

しかしそれは、教師が「自己損失」とか「自己責任」とか言う形ですべてを学習者のせいにしても良い、ということではありません。なぜなら教師の仕事は

学習者の利益の最大化をはかること

だからです。

難しいことではありません。「良い授業をする」というのはその最たるものでしょう。学習者が望む望まないに関わらず、教師には学習者の利益を最大化するための努力が求められます。

だから、もしある学習者が他の学習者の受益を妨げる行為を行った場合は教師は躊躇せずその行為を止める必要があります。オンライン授業ならば、「雑音のうるさい学習者にミュートを要求する」ようなことでしょうか。

そういった意味で、「ビデオをオフにしたままでいる」とか「小テストでカンニングをする」というのは、放置しておいても良い問題なのではないでしょうか(もちろん原理的には、ということです)。

まとめ

とは言いつつも「ビデオをオフにされると授業をする私がやりにくい」という問題はあります。だから、それをどうにかできるならどうにかしたい、というのは人情でしょう。

でも、それはそれとして、教師としましては、今置かれた状況で(つまりビデオがオフとか、カンニングが横行などの状況をデフォルトとして)、学習者の利益の最大化をはかるために何をすべきかを考えることが喫緊の課題ではないかと思います。

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