レビュー『パワー・クエスチョン』

投稿者: | 2020年6月29日

アンドリュー・ソーベル(2013)『パワー・クエスチョン 空気を一変させ、相手を動かす質問の技術』CCCメディアハウス

私は、自分で言うのもなんですが「聞くことに素質がある」と思っています。俗な言葉でいうと「聞き上手」として鳴らしてきました

それに気づいたのは大学生時代です。仲の良い先輩に酒席で「お前といたら何でも話しちゃうよ、困ったな~」という言葉を聞きました。それで世の中には「聞き上手」というジャンルがあるということを認識しました。

また、今思い出しましたけど、卒論のテーマは「ターンテイキング」についてでした。「会話のターンのとり方」に関係のある要因は何かを考える内容です。詳しく説明すると長くなりますが、質問を多くするのはどんな人かを実験を通じて考えました(あんまり目ぼしい結果はでませんでしたが)。

最近は私の「聞き上手スキル」も落ち込んでいるような気もしますが、とにかく私は「聞く」という行為に非常に関心があります。そこで、目についたこの本を読んでみました。

人を話させるには?

昔、韓国の「学院」と呼ばれる民間の日本語学校で働いていたことがあります。ここでは「日本人会話」という科目を担当していました。この授業に対する学習者からの評価の中で最も手厳しいものは「あの先生の授業ではあまり話せない」というものです。

外国語教育の現場では「大量のインプットと少しのアウトプットが必要である」というような話はよく聞きますが、この会話の授業に出てきている人たちのニーズを満たすためには、とにかく学習者に話してもらうしかないのです。


学習者の年齢層は下は中学生から上は高齢者まで様々でしたが、やはり低年齢になればなるほど口を開きません。私たちは「貝のように黙り込む」中・高校生や大学生を相手に「いかに話させるか」を日夜考えていました

その葛藤から私が出した結論は大きく二つあります。

1.相手に関心を持つこと。
2.よい質問をすること

これを原則にすることによって、授業がうまく回りだした感じがします。

余談ですが、最近私の聞き上手スキルが低下してきたのは、加齢によるものだと考えています。だって、おじさんに関心を持たれて根掘り葉掘り聞かれたらちょっと嫌じゃないですか。あと、自分より弱い立場の人に対しても同じです。質問者が若かったら許されることも、おじさんだったら難しいということも多いです。

いい質問は安易な答えに勝る

で、本の感想を書くのでした(笑)本のタイトルは「パワークエスチョン」なんですが、大体このようなことからタイトルがついているようです。

いい質問は答えよりはるかに効力がある場合が多い。(p8)

パワークエスチョンは、問題の核心に切り込む強力なツール、閉ざされた扉を開く鍵である。(p9)

質問が持つパワーを活用できるようになると、仕事の上でも私生活でも効率がぐんと良くなる。本書は人間関係を築き円滑なものにするために役立つだろう。(p10)

著者は米国の企業コンサルタントなので、ビジネスシーンでの実例が多く載っています。国や文化が違うし、業種も違うので、私たち日本語教師がそれをそのまま使うのは難しいと思いますが、考え方は十分適用可能かと思います。

「いい質問は安易な答えに勝る」というのは一章のタイトルなんですが、これは答えを自分の口で言わせるということです。一言で最大公約数的に言うと、

あなたはどう思いますか?

という言葉でしょう。誰かに相談を持ちかけられたと仮定してください。相談を持ちかけられたあなたはその人に何か有効なアドバイスを行う必要があります。もし日本語教育現場で考えるなら、「先生、N2に合格したいんですがどうしたらいいでしょうか」というような質問です。

二流の教師はこう言うわけですね。「●●さんは聞き取りが弱いからこの問題集をやったらどうか」「このウェブサイトでひたすら問題を解いて」とか。

でも、良い質問をする教師はよい質問をすることによって本人に答えを言わせるのです。

「N2になんとしてでも合格したいんですが。」
「どうしたら合格できると思う?」
「うーん、自分は聞き取りが弱いから、そこで点を取れるようにしたいと思います。」
「どうやったら聞き取り力が高まると思う?」
「日本語のテレビやYoutubeを毎日見ようと思います」

この会話の中で、教師は何もアドバイスをしていません。でも学習者は自分が何をすべきか、自分で答えを言っています。おそらくこの会話の先には教師がテレビの見方をアドバイスしたり、お役立ちウェブサイトを紹介したりするようなことがあると思いますが、とにかく主要なことは自分で言わせるんですね。それがパワークエスチョンだと言うわけです。

いい質問には不思議な力があって、(中略)相手を本当に重要な問題に立ち返らせる。(p168)

これは私もよくわかります。先日息子とご飯を食べている時に「何曜日が好きか?」と聞かれました。私はあまり考えたことがなかったので、考えた上でその質問に答えましたが、この質問をされるまで「自分が何曜日が好きか」なんて考えたことがなかったのです。でも、この質問を通して「自分は何曜日が好きである」ということがわかりました。

自分に飛んでくる質問

本の中の話の半分は、「あの有名企業の社長にはこんな質問してやったぜ!」みたいな自慢話なんですけど、読み進めていくとだんだん内容が抽象的なものになってきます。人生とか生き方みたいな。

もうそうなってくると業務的には関係ないな、と思うのですが、その質問の矛先が自分に向かってくるような気がするんですね。

「これはあなたにできるベストですか。」(p73)
「あなたは何を学びましたか。」(p111)
「今日、自分の死亡記事を書くとしたら、どんな略歴を書きたいですか。」(p137)
「あなたの計画を話してくれませんか。」(p157)
「ほかにしたかったことはありませんか?」(p206)
「あなたのミッションはなんですか?」(p214)
「あと三年しか生きられないとしたら、あなたは個人として、そして職業人として、なにをしたいですか?」(p227)

これは質問のテクニックとか、そういうことではなくて、自分も考えておかないといけないなあと思いました。

私は行動中心アプローチの教科書である「まるごと」を使って授業をやっていますけど、その前に自分の職業人としてのあり方にちゃんとCandoを設定しておかなればならないと思いました。いやほんとに。

とにかく自分にナイフのように質問が向かってきます。

まとめ

というわけで、「パワークエスチョン」という一種のビジネス啓発書のような本について書いてきました。私はこの手の本はあまり読まないのですが、まずまずおもしろくてためになったと思っています。

聞くことについて思い出したことがあります。

ある日授業中に、何かについての間違った情報を学習者の前で話してしまったことがあります。そうしたら、それまで黙っていた学生が重い口を開けました。「それは違います。~です」と。もうそれこそ私はその時、クララが立ったときのような衝撃を受けました。

●●さんが話した!

と。そこで学んだのは、相手の口を開かせるためには発言するための必要性を感じさせなければならないということです。「どうしても何か言いたい!」「何かを言わなくてはならない!」そんな状況を会話のクラスでも作って行く必要がありますね。

もしあなたのクラスの●●さんがなかなか話してくれない!というのであれば、そもそもその質問やテーマが悪いのかもしれません。

ただ、そこで一生懸命●●さんのことを考えて質問したり、テーマを設定しても●●さんは話してくれないかもしれません。そしたらそこであきらめることも必要です。話すのがあまり好きじゃないという人も世の中にはたくさんいます。そういう人は会話のクラスで話せなくても、意外とその人なりに授業を楽しんでいたりするものです


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