amazonのこの本の説明には、
単語も文法も知らない赤ちゃんが、なぜ母語を使いこなせるようになるのか。ことばの意味とは何か、思考の道具としてどのように身につけていくのか。子どもを対象にした実験の結果をひもとき、発達心理学・認知科学の視点から考えていく。
とあります。つまり第一言語習得関連の本ですね。私は職業柄、第二言語習得についてはいろいろ読んだりしますが、第一言語習得に関してはバイリンガル教育でちょっと見るくらいですね。この本を読んでわかったんですが、自分はこの分野に関して、
何も知らない
ということがよくわかりました。私は非常に興味深く読んだので、その一部をシェアします。そしてもっとちゃんと読みたいぞ、と思った方は購入して読んでみてください。
この本の概略
大きくなってから学んだ外国語と違って、母語をどのように学んだかを克明に覚えている人はいないはずです。自分の子どもがことばを覚えていく様子を間近に見守っていた人でも、その過程をはっきりと覚えている人は少ないでしょう。(Kindleの位置No.38-40)
そうですね。でもそれはそうとしても、中には「でもそれを知ってどうするの?何か意味あるの?」という感想を持つ人もいるでしょう。
外国語の、母語に置き換えて暗記した単語の「意味」と、子どもが母語で習得した「意味」はどのように違うのか。これを知ることは、みなさんの外国語の学習にとても役に立つと思います。(Kindleの位置No.43-45).
そうなんですね。この本を読むと第一言語習得と、第二言語習得(外国語学習)のプロセスって全然違うな~とも思うんですが、外国語や言語に対する考え方を涵養するためには第一言語習得のあり方を知っておくのは悪くありません。それが外国語学習をする際にも役立つことは間違いありませんし、教養として「言語とはなにか」を考えておく必要もあるでしょう。特に私たちは。
この本の概略を語るために、キーワードとして「カテゴリー」と「システム」という言葉を出しておきます。この二つの言葉を軸に考えていきましょう。
カテゴリー
まず、言語とは何か、というと、人によって答えは様々でしょうけど、ここでは、
世界をどのように切り取るか
というのが一つの答えになるかと思います。それを説明する前に一つの例を出しましょう。例えば、ピアノの鍵盤を見てください。
一つの音階(というのでしょうか)には白い部分が7つ、黒い部分が5つあります。現代音楽はこの12の音の組み合わせで作られます。しかし、本当に世の中にある音は、この12の音で表現され得るのでしょうか?
答えは「表現できる」とも言えるし、「表現できない」とも言えます。理屈としては絶対に「ド」と「ド♯」の間にある音があるはずです。でもある音を聞いた時に私たちは習慣として世の中の音を12のカテゴリーにわけているため、これは「ド」、これは「ド♯」とどちらかに収めてしまうのです。つまり、世界のあらゆる音を12に切り分けているのです。
例えば、これは手垢の付きすぎた話ですが、日本語で「ん」と表現されるものは韓国語では3つの違った音として認識されます。つまり、ある人が「ド」だと思った音を、他の人は「ド0」と「ド1」と「ド2」のように違う音として認識するということです。
ここまでは音の話でしたが、これは語彙に関しても同じです。
例えば私たちは「虹」といえば7色ですが、他の国や地域では6色だ、と言ったり5色だと言ったりすることもあるそうです。これは全ての「音」を12カテゴリーで切り取った現代音楽と同じように、「色」の世界をどのようにカテゴリー分けするか、ということなんですね。
アフリカのダニ族という部族の言語(ダニ語)では白(明るい色)と黒(暗い色)という二つの色しかありません。(Kindleの位置No.1328-1330)
これはすごい。聖徳太子は冠位十二階を制定し、位によって6つの色に分けたそうですから、古代の日本人はダニ族よりは色の区別をしていたことがわかりますね(どっちが良い悪いという話ではない)。
動詞にしても、形容詞にしてもこれは同じです。
動詞は「同じ」とみなした「動作や行為のカテゴリー」にそれぞれ名前をつけるわけですが、どの範囲を「同じ動作」「同じ行為」とみなすかは、言語によって大きく異なるのです。(Kindleの位置No.1047-1049).
で、そこで出てくるのが「ナゲル」と「ケル」の例です。え?この二つの動詞って何か共通することある?不明瞭な部分ある?と思った人は、まあ私もそうですけど、すでに世の中を「日本語」的な切り取り方で見ていることになります。
「ナゲル」も「ケル」も「モノに水平あるいは上方向に力を加えて移動させる、その時にモノは空中にしばらく滞留し、やがて落下する」という点では同じです。でも手を使う時には「ナゲル」、足でその動作をする時には「ケル」でなければなりません。(Kindleの位置No.1031-1033).
つまり、まだ日本語を覚えていない幼い子が「ナゲルよ~」と言う親が投げるボールを見て、「モノが空中にしばらく滞留し、やがて落下することをナゲルと言うのだな」とナゲルのポイントを誤解したとしたら、「ケル」動作を見ても「ナゲル」を使用してしまうことは十分にありえるわけです。
私たちだって外国語ではそんなミステイクはよくありますよね。「薬を飲む」を英語で「ドリンク メディスン」とは言いません。それは「ドリンク」という英語のカテゴリーがわかっていないから起こるエラーです。
システム
ですから赤ちゃんが少しずつ言語を覚えていくことは、その語が担当するカテゴリーを一つ一つ理解していく過程とも言えるでしょう。そして、その複雑なカテゴリー分けを繰り返して見えてくるのが●●語全体の、
システム
です。第一言語習得と第二言語習得が異なるのは、第二言語習得の場合はすでに習得している第一言語を道具として使える、ということです。だからこそ「ドリンク メディスン」などのようなエラーも起こるわけです。
そして第二言語習得をしようとする人は、その言語についての知識はないかもしれませんが、「言語とはこういうものである」=「カテゴリー分けが積重なったシステムである」ということを知っています。だからこそ、英語を習得したら英語話者と話ができるということを考えられるわけですね。でももちろん赤ちゃんはそのシステムがあることも知りません。
システムの全体像も構造もわからない状況で、子どもは持っている知識を総動員してとりあえず新しく聞いたことばの意味を考え、そのことばを使っていくしかありません。(Kindleの位置No.1799-1801)
システムの全体像がわからない状況で学びをおこなう、というのはなかなか骨の折れることです。でも人間はほとんどこれを成し遂げるんですね。だからこそ誰だったかが、人間にはみんな生まれつき
言語獲得装置
が備わっていると言ったのでしょう。昔習ったこの言葉がやっと腑に落ちた気がします。
理解と運用
本書は、ざっくり言いますと、その「カテゴリー」分けや「システム」探索を子どもがどのようにおこなっているのか、それを教えてくれるものです。これを読むと、実験のやり方などが詳しく書かれています。
私は結果の方に興味があるのですが、それでも教養としてこういう「カテゴリー分け」「システム探索」の実験のやり方を知っておくのはいいかもしれません。ここでは書きませんが。
そう言えば、私たち日本語教師がやっていることっていうのも結局カテゴリー分けとかシステム構築のお手伝いなんですよね。で、私たちはお互いにすでに「言語というシステム」についての知識がありますから、「動詞を3つのグループに分ける」とか、「形容詞の名詞修飾の仕方」などのルールをまとめて教えて、学びの効率化を図っているんですね。
でも、「カテゴリー」や「システム」を「理解」すれば「運用」もできる、というわけではないんですね。第一言語習得の場合は「理解」と「運用」が同時多発的におこるわけですが、第二言語習得はそういうわけにはいかない。それで「理解」を優先的にして、それから「運用」練習をするという方法もあるし、逆に「運用」を積み重ねて「理解」をするという方法もある。
ですから、「理解」が先か「運用」が先かではなくて、どのようにすれば「運用ができるようになるか」を考えるのが私たちの役割なんですね。余談ですが、国際交流基金が出している「まるごと」は「りかい」と「かつどう」に分かれていますが、これは言語習得のアプローチを象徴的に表現したものとも言えますね。
まとめ
というわけで、「ことばの発達の謎を解く」について見てきました。言語に興味がある人なら、読み物としてとてもおもしろいと思いました。最後にこの言葉を引用しておきましょう。
実は、あなたがことばについて「知っている」と思っていることの奥には、たいへん豊かで複雑で多様で、しかしシステムとして理解することのできる、人間の言語の仕組みが隠れているのです。(Kindleの位置No.2374-2376)
■バイリンガル教育における「氷山説」という言葉を聞いて思い出した話
■レビュー『バイリンガルの世界へようこそ』上
■レビュー『バイリンガルの世界へようこそ』下
■【レビュー】『バイリンガル教育の方法』
■間違いだらけのバイリンガル教育①
■間違いだらけのバイリンガル教育②