日本語教師とキャリア ~私が20代前半だったら~

投稿者: | 2020年9月7日

↑先日、大学院関連の話を2つ立て続けに書きました。たまたまそれを読んでいた若い日本語の先生(大卒2年目くらい)とオフラインで会う機会があったのですが、

やっぱ大学院行ったほうがいいですか?

と聞かれました。私は、

何を実現したいかによって変わってくるとは思いますが、行っといたほうが待遇のいい仕事につける可能性は上がりますね

と答えました。しかし、こういう物言いってあんまり意味がないんですよね。おそらく同じ質問をうけたら10人中9人くらいが私と同じような答えをするのではないでしょうか。私も大学在学時から同じような言い回しを先輩諸氏から聞いていた気がします。そんなことは誰でも知っていることなんですよね。

100%正しいことは役に立たない

故・河合隼雄氏の著作の中に「こころの処方箋」という有名なものがあります。その中で、うろ覚えですけど、「100%正しいことはアドバイスにならない」というものがありました。

野球の試合の時、監督が選手に対し「ヒットを打ってこい」と言うのは、確かにそのとおりなんだけど、そのアドバイスは選手にとっては何の役にも立たないんですね(まあ、ハッパをかけるという意味合いはあるとしても)。そこでバッターにとって意味が出てくるのは、「カーブが甘くなってきているからカーブだけに絞っていけ」と言うような、「外れるかも知れない」可能性を持って監督自身が自分を賭けて行なったアドバイスなのである、というようなことを河合氏は言っていました(うろ覚えです)。

外れるかもしれない予想やアドバイスをするということは、外れた時に自分に責任が出てくるかもしれないわけですよね。だから、監督も慎重になるわけです。そしてその慎重になって、考えるアドバイスにはその監督の能力とか経験とか、勘とか、いろいろなものが含まれているはずです。だから意味があるんですね。

「大学院に行ったほうがいいでしょうか」という人に「まあ、行った方が待遇のいい仕事につく可能性は高まるよ」は私としては何も賭していない、意味のないアドバイスだったわけです。

そこで、それを反省して、ちょっと具体的なことを書こうかなと思いました。しかし、私はそもそも全読者に向けてアドバイスをするほどの度胸はないですし、それができるほどのキャリアもありませんので、アドバイスというよりは、

もし私が今20代前半だったらこうするだろう

というシミュレーションでお茶を濁そうと思います

大学院進学

まず、私は大学の学部で日本語教育学を専攻していました。ですから、その前提で話をします。もし大卒ホヤホヤくらいに戻り、しかも経験や知性などは今と全く同じだとしたら…

日本語教師にはならない

と思います。え~~~いや、本気で考えるとそうなるとは思いますが、そうしてしまうとこの文章もここで終わってしまうので、不本意ではありますが「日本語教師を目指す」という前提にします。

では、仕切り直し。

やはりまず考えるのは大学院です。日本語教育的にネームバリューのそこそこある日本国内の大学を目指します。ネームバリューというのは別にブランドイメージということではなくて、そういうところに行けば必然的に業界内にOB、OGが多いからです。そういう血縁?関係は馬鹿にできませんよね。

私は大学院は韓国の、しかも地方で出ているので、韓国を出てしまえば基本的に一匹狼です。「同門のよしみ」というものがありません。ただ、学部は日本で出ているのでかろうじて日本語教育業界に知り合いがいます。学部時代の指導教授に就職口の紹介をしてもらったこともありますし、情報収集する時や何らかのツテを作る時にも役に立っています。

あ、ちなみに私は東北大学の出身です。割と名門大学でネームバリューもありますよね。日本語教育学研究室の所属は学部2年から4年までのわずか3年でしたが、今でも一部の諸先輩方には良くしていただいております。学部を出て、なぜすぐに進学をしなかったのか、悔やまれるところです。まあ、落ちこぼれでしたので願書を出しても落とされたとは思いますが。

公的派遣で海外へ

単なる「想定」ですから「大学院へ行く」と軽々と言いましたが、実際に当時の状況を考えると、「じゃあ資金はどうする?」というのが現実的な問題として浮かび上がります。

大学院に入る前、入った後にこだわらず、公的派遣のポストの募集があれば応募したいと思います

JICAとか国際交流基金とかですよね。大卒資格で応募できるポストもいくつもありますから、ぜひ積極的に願書を出したいものです。公的派遣の良いところは、やはり待遇面ですよね。あと、給料の不払いとかそうった無用な心配がなくなります。

実は私も大学在学中にJICAの青年海外協力隊に願書を出したことがあるんですが、面接まで行って落ちました。卒業までにもう一度応募する機会があったんですが、「おれを一度落としたところなど、行ってやるものか、頼まれても行かんわ」とその機会も活かせませんでした。んーやっぱ若気の至りですよね。今なら落とされても何回でもうけます。

今は知りませんが、私が考えた当時は協力隊は、帰ってきたら200万円程度のまとまった金が手に入るとかだったような気がします。それで帰国後の学費や生活費に当てられますね。

また、海外に出ることはネタ探しと外国語の鍛錬のためでもあります。現場に出れば問題意識とかを嫌でも感じるようになりますし、来たるべき修論のテーマを見つけるのにも役立ちます。また、外国にいれば多かれ少なかれその国の言語や英語を話す必要性が出てきますので外国語もある程度は身につきますね。

私の学部時代の先輩なども修士課程を休学したりして海外に行っていました。やはり機会があるなら公的派遣で海外に行きたいな、と思います。

検定もとっておく

あと、早い段階での日本語教育能力検定試験の合格を目指すかな、と思います。日本語教育主専攻の場合はあまり必要ないかもしれませんが、試験に合格しておくことはやる気や本気度を対外的に見せることに繋がります

私はふと思い立って30前くらいに取りましたが、その時はあまり勉強せずに受験しました。でも合格しました。これはどういうことかというと、私が賢いのではなくて、現場に立つ経験があれば自然と解ける問題が多いから、ということではないかと思います。

私が受けた当時は(今は知りませんが)、合格率が毎年20%くらいでした。ということはそんなに易しい試験でもないですよね?でも勉強もロクにしていない私が受かったということは、そういうことなんですよね。

あとOPIのテスターとかも持っている人増えてきましたよね。私はしませんでしたけど、そういうのもあったらいいですよね~

やはり、日本語教育で食っていく以上、勉強をすると同時に教育経験を積んでいくことも不可欠だと思います。

まとめ

とりあえずここまで「私が20代前半だったら」という仮定でどうするかを考えてみました。大学院&公的派遣で日本語教師の基礎固めはできますよね。その後、アカデミックなルートに進むか、実践の分野に進むかはあなた次第。

…というか普通ですよね。おそらくこれを読んでいる中にもこれと同じルートを通ってきた人は少なくないはずです。「自分を賭したアドバイスじゃないと意味がない!」と言いつつ、普通のこととなってしまいました。スンマセン。

私は上のようなルートをたどってこず、行き当たりばったりでやってきましたけど、まあ何とかなっています。これからどうなるかは未知数ですけどね。おそらく下地がしっかりしている人は年取ってからでも結構重宝されるのではないでしょうか。

というわけで、ああ、そうか、今大学生とか、これから日本語教育の道に入りたいという人に対してだったら「普通のこと」でも意味のある記事になるかもしれませんね。それを期待して、この記事をボツにはしないことにします。

あと、何度も言いますけど、この記事で書いたことはあくまでも、私が若かったらそうするという想定を書いたものです。

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