怒る教師はだめ⁉

投稿者: | 2020年11月3日

以前読んだ本、なんだったか忘れましたが「怒る医者はだめだ」という話がありました。私もその内容に痛く同意したんですが、それは私たち日本語教育従事者にとっても関係がある話ですので、ここで共有しておこうと思います。

怒る医者

例えば生活習慣病とかで医者にかかるとします。塩分やアルコール、糖質の高いものなどは控えないといけないというのが常識としてあり、かかりつけの医者は口を酸っぱくして患者にそれを伝えます。

ある日患者がなんかの数値を測ったところ、非常に悪い数値が出ました。そして医者が患者に尋ねると、「酒をかなり飲んだ」みたいな言葉が出ます。そうすると医者の叱責がはじまるわけですね。「だからお酒はだめだと言ったじゃないか」と。

こういうのは一例ですけど、私の経験でも「患者を叱責する医者」というのが時々います。その医者の言うことは100%正しいんですけど、患者としては叱責がなされると、「もう病院に行くのやめようか」となってしまうんですね。

それってどうなの?と思いませんか。

患者は病気なりなんなりがあり、それを治したいと思うから病院に通うわけですよね。それで自分のちょっとしたミスや失策を責められて「あの先生に怒られるのやだな」と思って病院から遠ざかってしまうと、病気は一向に改善されません。つまり意味なし。

共闘する医者

では医者はどう振る舞うべきか。

「え?酒飲んじゃったの?そうだよね、酒好きな人がやめるのって難しいんだよね。じゃあ、どうやったら酒を遠ざけられるか一緒に考えてみましょう。」

これが正解ではないでしょうか。お酒を飲んでしまったことは仕方がない。それを責めても仕方がない。だったら今からどうすればいいか、一緒に考えましょう。…まあ、そこまで親身になってくれる医者がいるかどうかはわかりませんが、振る舞いとしては正しいと思います。少なくとも病院に行く前に「気が重い」ということはないのではないでしょうか。

それとこの話のポイントは「怒らない」ということと、もう一つあるんですけど、それは

同じ方向を向く

ということです。共通の目標に向かって一緒に戦うという立場をとるということです。

外国語はやめやすい

日本語教師も同じだと思うんですよね。「そんなやり方じゃ合格しないよ」「もっと学習時間を増やさないと」みたいな100%正しいアドバイスや指導をしていてもしょうがないんですよね。

学習者の話を聞いて、じゃあどうやってやれば上達するか、一緒に考えてみましょうという立場をとったほうがいいと思うんですよね。

もちろんそういう立場をとったからと言って、その学習者が上達するかどうかはわかりません。でも少なくとも「学校に行くのが嫌だ」「あの先生と話すのはストレスフルだ」みたいな状況は避けられるんじゃないかと思います。

だいたいの場合、外国語の勉強というのは「やめられるもの」です。病気との戦いは個人の意思でやめられないかもしれませんが、外国語はぷつっと糸が切れたらやめることになります。

その時に日本語の勉強をやめたとしても、日本人や日本語教師にいい印象が残っていれば、また始めることもありますしね。そういった意味で、とにかく「怒らず同じ方向を向く」という基本姿勢は必要なのではないかと思います。

まとめ

日本語教育機関というのは千差万別ですので、そんな悠長なことを言ってもいられない、という人もいるとは思います。また成人教育と年少者教育は違いますしね。適度な叱責?というのが必要なケースもあるかもしれません。

ただ、ここで言いたいとこは「叱責をするかどうか」ではなくて、「その行為や言動は学習者のパフォーマンスを高めるのに何か意味があるか」を常に問うべきということです。

もしマゾっ気の強い学習者で、叱られないとやる気がでないのであれば思いっきり叱責する必要があると思います(まあごく少数だとは思いますが)。

高校の部活などは短期間で成果を上げるために「しごき」とか「叱責」みたいな方法論をもって指導するところもあるとは思いますが、言語教育はやはりもっと長い目で見ないといけないんじゃないでしょうか。そのためにはやはり同じ目線で、目的を共有する(姿勢を見せる)ことが求められると思います。

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