先輩日本語教師に聞く「しないこと」

投稿者: | 2021年1月6日

「自分がしないこと」を記事にまとめたらどうか、というアドバイスを冒険家の方からいただきました。なるほど、「すること」ではなくて、「しないこと」という視点はありませんでした。そこにその人の本質が見えるということもあるかもしれません。

で、少し考えてみたんですが、私の場合あまり記事にならないことばかりなんですね。「夜更かしをしない」「ゴルフをしない」はあるのですが、あまりこの場で記事にして面白いようなことはないかなと思いました。

私について一番よく知っている妻にも聞いてみたのですが、

「ゴミ出しをしない」「掃除機をかけない」

のような半分小言のような話になってしまったので、ちょっとこれを記事にするのは諦めました。

一方、正月早々、私が最も信頼を置いている日本語教師の一人であるマシローさんという方と少し話す機会がありました。そこで「マシローさんがしないことってありますか」と聞いてみたところ、「日本語教育場面で言えばしなくなったことがいくつかある」という話でした。その話が少し面白かったのでここで共有してみたいと思います。

マシローさんがしなくなった3つのこと

マシローさんが昔やっていたけど今はやらなくなったことを大別すると三つになるかと思います(私が適当にまとめました)。

・受けを狙わない
・クラスの雰囲気に乗らない
・時間に遅れない

マシローさんの話の内容はちょっと観念的な部分もあり、このまとめがマシローさんの本当の意図とはちょっと違っているかもしれませんが私なりの解釈を加えて、この3つについて説明したいと思います。

受けを狙わない

マシローさん曰く、

面白いことは教師の口から出るのではなく、学生の口から出なければならない

そうです。教師というのは普通の授業ではその一挙手一投足が注目されています。で、授業はシーンとしているよりは盛り上がった方がやりやすいので、どうしても面白いことを言いたくなりがちなんですね。でもその面白いことを言う役は、教師でなくて学生であるべきだということです。

時々、「授業は遊びではないのだから笑いなど出る必要はない」という人もいますが、必然的な笑いであれば、ないよりはあったほうがいいと思います。その必然的な笑いを演出するのが教師だとマシローさんは言っています。そう考えてみますと、マシローさんというのは冗談一つ言わない堅物なんですが(マシローさんがこの記事を読まないことを願います)、マシローさんの授業を受けた学生たちはすごく生き生きとした表情で教室から出てくるんですよね。そういう秘密があったということがわかりました。

しかしマシローさんは

「受け」を狙ってはいけないが、「落とす」のは教師の役目

ということを言っていました。ちょっと時間がなくてその辺はよくわからなかったのですが、おそらくそれは活動に区切りをつけるということを意図してるのかなあと思います。

私は以前クイズを利用した活動をよくやっていましたが、最後の問題にはちょっとした「オチ」を持ってきました。例えば年齢当てクイズなどは、年齢の言い方を勉強した後のまとめとしてやっていたのですが、有名人の歳を日本語の数字を使って当てるみたいな活動をしていました。そして最後にオチとして、教師である私の年齢を当てるという問題を入れたんですね。

これが出ると教室がざわざわとします。そしてこのような最終問題にふさわしい「オチ」を用意しておくことによって、活動に区切りを入れることができます。おそらくマシローさんが入っているのはそういうことなのかなと思いましたが、皆さんはどう思われるでしょうか。

クイズを取り入れた(意識?)全員参加型活動 ~話したい者は話せ、聞きたい者は聞け~
スライドシェア「クイズを取り入れた授業活動」

クラスの雰囲気に乗らない

二つ目はこれですね。

皆さんは笑いの絶えないにこやかなクラスと、誰も一言も話さない静かなクラスどちらが授業がやりやすいでしょうか。これだけの情報ではどちらが良いとは言えませんが、私は若い頃はやはり前者の方が良いと思っていました。いちいち反応があって、授業の進行をみんなが手伝ってくれるような雰囲気です。

ですがマシローさんはばっさりとこれを切ります。

雰囲気の良いクラスは足元をすくわれる

と言うのです。これ私はすっごくよく分かります。おそらくマシローさんが言いたかったことはこういうことなのではないでしょうか。

雰囲気の良いクラスは、授業準備が中途半端でもどうにか授業時間を乗り越えることができたりします。なんとかなるんですよね。一方誰も喋らない静かなクラスというのは、中途半端な準備では授業時間を乗り越えることができません。スカスカな教案(授業案)では授業がうまく進行しないですよね。

だから一見難しそうなクラスは丁寧に授業準備をすることになります。

クラスの雰囲気に寄りかかって授業をしてしまうと、一方は「テキトーな授業」になってしまい、一方は「丁寧な授業」になるんですね。学習者もそれが分からないほど馬鹿ではありません。

私の経験でも「初日に雰囲気の良いクラスは要注意」という経験則があります。マシローさんが言うように私たちは雰囲気の如何によらず丁寧な授業を心がける必要があるということでしょうかね。

時間に遅れない

これは「当然のことじゃないか」と思うんですけれども、例えば皆さんこういうことをしませんでしょうか。

授業の時間になったしかし学生が2、3人ぐらいしか来ていない。

「みんな来るまでちょっと待ちましょうか」

マシローさんに言わせると、これは学習者に対する最大の冒涜であるとのことです。時間にちゃんと来ている人もいるんだから、その人たちをリスペクトしなければならないということですね。これは自分が学習者になってみるとよくわかります。なぜ時間通りに来なかった人を時間通りに来た人が待たなければならないのか。

まあ私はそれが最大の冒涜であるとまでは思いませんが、それがマシローさんのスタイルなんですね。また結構忘れがちなのが、

終わる時間もしっかりと守る

ということだそうです。授業時間が10時半までと決まっているなら、必ず10時半までに終わらないといけないとのことです。どうしても予想した部分まで終わらなかった時とか、ちょっと延長してしまったりしますよね。また遅刻することは駄目だとしても、延長することはその先生の熱心さを表すというふうに考える人もいるかもしれません。

でも、マシローさんは、

始めも終わりも遅れてはならない

と断言しています。まあ難しいところですけどね、場合によっては少し延長した方が双方の利益になることもありますのでケースバイケースだとは思いますが、基本方針としてはやはり始めも終わりも守った方がいいのだろうなあと思います。

まとめ

以上、正月早々話した日本語教師のマシローさんとの話を「~しない」という観点から考えてみました。

・受けを狙わない
・クラスの雰囲気に乗らない
・時間に遅れない

このようにまとめてみるとマシローさんはかなり厳格な人なんだなあと思うんですが、この全ての「しないこと」は、実際にマシローさんが昔はやっていたことなのだそうです。

ですから私たちのような中途半端な日本語教師が上の三つを実行できていなくても、それはそれで仕方がないと思いますし、またマシローさんと違う考えを持っていてもそれはそれですよね。

しかし第一線で活躍する日本語教師の人の話は良くも悪くも勉強になります。こういった基準から自分の授業を見直すということももう一度考えてみたいと思います。皆さんは何を「しない」でしょうか。

マシローさんには他にもいろいろと話を聞きましたので、自分の中で消化できたらまたここで共有してみたいと思います。

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