効果的なインプットとは?

投稿者: | 2021年1月13日

以前「アウトプット大全」を読んだことがあります。

レビュー『学びを結果に変える アウトプット大全』

今回は同じ著者の「インプット編」です。別に語学教育や日本語教育における「インプット」や「アウトプット」の話ではないんですが、なかなか為になることが書いてあったので皆様と共有したいと思います。

樺沢紫苑(2019)『学び効率が最大化するインプット大全』サンクチュアリ出版

以下、3つの観点から考えていきます。

・インプットとアウトプットは表裏一体
・インプットの「へ~」
・日本語教育への応用

インプットとアウトプットは表裏一体

普通、仕事や勉強の結果はアウトプットで評価されます。「どんな仕事をしたか」「どんな研究をしたか」「どんな文章を書いたか」「どんな授業をしたか」。ですからアウトプットが重要なわけですが、当然のこととして、

インプットなきアウトプットはありません

インプットとアウトプットは表裏一体であり、車の両輪のような関係です。「貧弱なインプット」の人がどれだけアウトプットをがんばっても、「貧弱なアウトプット」しかできません。

ですから、何らかの成果を上げるためには良質のインプットは不可欠というのが本書の考え方です。

インプット→アウトプット→フィードバックを繰り返すと自己成長できる。これは、『アウトプット大全』の最も重要なポイントともいえる「自己成長の法則」です。しかし、実際問題として、インプットとアウトプットは同時進行で処理されている場合が多いのです。

まあ、会話なんかその最たる例ですよね。聞いて、話すわけですから、インプットしてそれに応じてアウトプット。ですから、インプット大全とは言うものの、それをアウトプットなしで語るわけにはいかないのです。

アウトプットを前提としてインプットする

とそれが良質のインプットにつながる、というわけですね。これは語学学習で考えてみるとわかります。

今日の午後自分が使うであろう単語ならすぐに覚えられますけど、いつ使うかわからないような言葉とかってよく覚えられませんよね。そういえば、先日どなたかが「初級なのに結婚式で使う単語ばかり覚えさせる」というつぶやきをしていましたが、結婚式に行く自分が想定できなければインプットも頭に入ってきませんよね。

ですからこの本も「インプット大全」でありながら「アウトプット」を前提とした記述が多いです。

インプットしたら、2週間で3回以上アウトプットしよう。

だから、インプットとなり得るものは「読書」「映画」「インターネット」「セミナー」「人との会話」などいろいろありますが、著者はインプットがあったらできるだけ早くアウトプットしろと言っているんですね。血となり肉となる、ということでしょう。

インプットの「へ~」

上記のような「インプット→アウトプット」の流れを作るというのが本書に通底している内容だったんですけど、その他にもいろいろと「へ~」と納得することもたくさんありました。それをいくつかご紹介します。

私は週に2~3回、ジムでエアロビクスをしています。その場合、必ず最前列をとるようにしています。なぜならば、最前列で緊張感を持ってのぞむことが、効率を最大限に高めることを知っているからです。

これは私も同意です。以前大学に勤務しているとき、新入生のオリエンテーションみたいなところで、「良い成績をとるにはどうしたらいいでしょうか」と聞かれました。とっさに私は

「教室の一番前の真ん中に座ってください」

と答えました。というのは、大体一番前の真ん中に座っている学生は成績が良いからです。成績がいいから「一番前の真ん中」に座っているのか、「一番前の真ん中」に座ったから成績が良いのかはわかりませんが、どちらにせよ「一番前の真ん中に座っている人は成績が良い」という統計的事実があるのですから(ソースは私)、それを実践しない手はありません。

私も大体授業やセミナーでは前の方に座ることを心がけています。もし仮に、これを読んでいる中に学生の方がいましたら、騙されたと思って私の言うことを試してみてください。

一番前の真ん中に座って、先生の話に何らかの反応をしめす

それだけで先生はあなたに好感を持つはずです。変な好感を持たれるのは歓迎されませんが、学生として先生に好感を持たれることは悪いことではありません。成績云々は抜きにしても、できるだけ前の方に座るべきです(そして相槌を打つ)。

次の話題。

新聞記者の方と話す機会がありましたので、その質問をズバリぶつけてみました。「取材のときのメモって、あとから見直すのですか?」。彼はいいました。「まず、見直しません。メモをとることで集中力が高まり、頭が整理されます。結果、メモを見なくても、記事を書けますね」。 

↑これは金言ですね。「メモは見直すためではなくて、頭を整理するために書く」とのことです。

「漢字の覚え方」よく聞かれませんか?私は「書く」というのも方法の一つだと思っています。もちろん「漢字がうまく手で書けるようになりたい!」人にとっても有効な方法ですが、「読むだけでいい」という人にも「書いてみたら?」とアドバイスをすることがあります。

「書けるようになるために書く」のではなく、「読めるようになるために書く」んですね。私はクメール語の文字をずっと目で追っていますけど覚えられません。(笑)

次。

仕事と音楽についての約200論文を分析した研究によると、「音楽を聴くと仕事がはかどる」とする研究と「音楽を聴くと仕事の邪魔になる」とする研究がほぼ同数となりました。結局のところ、どんな仕事、どんな作業をするのかによって、結果が大きく異なります。細かく見ると、記憶力、読書(読解)に対してはマイナス。作業スピード、運動、気分に対してはプラスに働くことが多いという結果です。

勉強や仕事をするときに音楽を聞くかどうか、ですね。私としてはどっちでもいいです。そもそも音が自分の作業に影響を与えると考えたことがありません。ただ、大量の洗い物をするときなんかはおもしろくないので音楽を聞きながらやることがあります。でもそれは間違っていなかったんですね。洗い物は作業スピードが上がった方がいいですもんね。

1カ月で5時間以上自然の中で過ごすだけで、非常に大きな癒やしの効果が得られることがわかっています。

これは確かにそうですね。でもあんまり考えたことなかったですね。都心の公園とかでもいいらしいです。

インプットにおいて、情報と知識のバランスを整えることが重要です。私の実感値ですが、情報対知識は、3対7以下にすべきです。2対8とか1対9がさらにベター。私の場合は、1対9です。

「情報」ってのはニュースみたいなこと。「知識」というのは時がたっても風化しないもののことですね。私はほんと世間のことに疎いんですが、それでもいいんですかね(笑) 。私は情報対知識が1対19くらいなんで、いつも妻に怒られます(こんなことも知らないのか!と)。

「記憶力は年をとるとともに衰える」と思われていますが、それは間違いです。使わないので衰えるだけ。きちんと「記憶力」を鍛え続ければ、60歳、70歳になっても、脳はいきいきとしている、というのが最新の脳科学です。

お兄様、お姉様方、朗報です。記憶力は年をとるとともに衰えないんです。私も薄々気がついてきましたが、おそらく年をとって人のなまえが覚えられなくなるとかいうのは、いろいろなことに関心がなくなるからではないでしょうか。私も芸能人のなまえとかほとんど出てきません、ていうか覚える気がないんですよね。「あれのあれに出てた人」とかそんな感じです。

あと、

脳内情報図書館を整理する

という部分には感心しました。詳しくは書きませんが、知識の引き出しを作っておく、ということですね。マンダラチャートを利用してなんたらかんたらということでした。私はそんなメンドーなことはできませんけど、その「脳内情報図書館を整理する」ということの必要性は感じています。詳しくは本書を御覧ください。

日本語教育への応用

最後にこれについて触れないわけにはいきませんね。この本で得た知識が日本語教育においてどのように役立つのか。

よく語学教育の世界では

大量のインプットと少しのアウトプット

ということが言われます。私はこれについて異議を唱えるつもりはありません。

No input, No output

というのは常識ですからね。しかし、そのインプットも「ただ大量である」だけでは意味がないと思います。

アウトプットを前提したインプットが意味をもつ

というのは本書でいう知識にしても、語学学習にしても同じかと思います。そう考えるとですね、やはり教室での授業や全体授業についてはアウトプットを増やす方向で設計するのが良いのではないでしょうか。なぜかと言うと、インプットは比較的容易におこなえるからです。

そうして私達がおこなったのが、「アウトプットを中心に据えた授業」です。

アウトプットを中心に据えた授業(1/2) 前提編
アウトプットを中心に据えた授業(2/2) 実践編

結局、アウトプットを増やそうと思うと、インプットも自然に増えるんですよね。だって例えば「これこれこういうことを言いたい」と思うと、それを外国語でどういうか、ということを調べますよね。私がクメール語で言おうと思うと、まずグーグルとかで調べます。そして、それをPCなりスマホなりに発音してもらって、それを熱心に聞き、口にしてみる、という行為をおこなうわけですよね。だから自然とインプットも増えるんですよね。

ただ、例えば、「スカイプ英会話」みたいなものをやってもなかなか英語が身につかないというようなことはあるかもしれません。それは、私の経験でもあるんですけど、

同じことばかり言っているから

なんじゃないでしょうか。自己紹介何回やっただろう…。また結構「勉強のための勉強」みたいなトピックで話させられるようなことも多かったような気がします。そこが問題かな…やっぱプロの教師は適切なアウトプットを誘導していかないといけないということでしょうかね。

さいごに

というわけで、最後はあんまり結論的なものは出ていませんが、最近読んだ「インプット大全」について紹介しました。

一つ本書を通じて思ったことは、

意識高い系の人は違う

ということでしょうか。例えば私は読書もそこそこしますけど、日本語教育系の本以外はほとんど単なる楽しみです。なんかインプットを増やして、知識を増やして、ビッグになろうとかそういう魂胆は一つもないのです。ただ本を読んで、ゲラゲラ笑って、ふむふむと頷いて、それで終わり。肥やしになろうがどうなろうが知ったこっちゃないという態度なんですよ。

それをできるかどうか、なんですかね。

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