遺伝か環境か?レビュー『教育格差の経済学』

投稿者: | 2021年4月2日

橘木俊詔(2020)「教育格差の経済学 何が子どもの将来を決めるのか」NHK出版

この本を読んだんですけど、とっても面白かったのでその内容の一部を皆さんと共有したいと思います。教育に携わる人だけではなく、子供を育てる人も読んでおくと良いのではないかと思います。というか、どういう形であれ教育に関わっていない人はいないと思いますので、そういった意味では対象読者層は全員になるのではないかと思います。

本の内容は盛りだくさんで多岐にわたるのですが、あまり長くなってもあれなので、ここでは3点に絞ってご紹介したいと思います。この3点はこの本の主張のダイジェストというわけではなく、私の主観で選んだものです。

1.遺伝か環境か
2.教育は誰のためか
3.なぜ秋田や北陸は学力が高いのか

1.遺伝か環境か

よくこういう話を聞きますよね。

親の教育水準が高ければ子どものそれは高く、親の職業が高度であれば子どもも将来そういう仕事に就きやすく、所得に関しても同じように高くなる傾向があるという。(Kindleの位置No.233-234)

親の収入と子供の学力が比例関係にあるという話はどこかで聞いたことがあると思います。でもそれは「遺伝」によるものなのでしょうか、それとも「環境」によるものなのでしょうか。

結論から言いますと、この本では以下のように言っています。

遺伝の果たす役割と環境(育て方)の果たす役割は、それぞれが半々に近い影響力とみなしてよい
(Kindleの位置No.793-794)

ざっくり言いますと、Sクラスの学力を身に着けようと思ったら遺伝も環境も素晴らしいものでないといけませんが、遺伝的なものが良くなくても環境の整備次第でAクラスやBクラスには到達できるということですね。逆に言うと、遺伝的才能がSクラスであっても、環境が整備されなければBクラスに甘んじてしまうということもあるということですね。

※人間を学力で「Sクラス」とか「Aクラス」に分けるというのはおかしな話ですが、論の展開上わかりやすくこのクラスという言葉を使っています。またここでは便宜上学力を教育の成果として考えていますが、教育の成果としてあらわれるものはテストで測れるようなものだけではないことは当然のことです。

だとしたら私たちがすべきことは、環境をしっかり整えるということですよね。遺伝的な方はもう生まれてしまったら仕方がないですから。教育がなすべきことは、全員が全員 A クラスや S クラスを目指すことではないんですよね。その遺伝的能力には違いがあると認めた上で、少しでも良い環境を提供し、その子のクラスが少しでも上がるように導くことではないでしょうか。

ではそういう前提で考えると次に私たちが考えるべきことは「どのように環境を整備すれば良いのか」ということですよね。この本には面白い話がたくさんありました。そのうち一つだけご紹介します。

フランスでは、親が新聞や本をよく読むとか、子女を美術館・博物館によく連れて行くなど、知的好奇心を持たせる雰囲気が家庭にあると子供も勉学に励むようになる、という文化資本に関する研究の結果があるようですが、実は日本での結果はフランスのそれとは異なるというんですね。

父親効果と母親効果の違いが顕著に出現するのは男性の場合であり、父親が本を読んでくれた頻度と大学間格差まで含めた学歴との間に正の相関があるが、女性の場合はその関係が弱い。
(Kindleの位置No.259-261)

「息子に対して本を読んであげるといった文化資本に関して父親が重要な役割を演じているということ」だそうです。もっと簡単に、誤解を恐れず言うと、

親父がちゃんとすると息子がちゃんと育つ

ということです。娘の場合は親父がどうであれあんまり関係がないということだし、息子に対する母親の振るまいは父親の振るまいほどに影響を与えないということですね。これは解釈が難しいですね。

よく「教育ママ」なんていう言葉が以前は言われましたが、教育●●にならなければならないのはママじゃなくてパパなのかもしれません

あと、この遺伝の問題で面白かったのが「平均への回帰」という概念です。

現実の社会では背の高い者同士、背の低い者同士の結婚は多い。それを放置しておけば、世の中は背の高い人と低い人ばかりという、とんでもない「格差社会」になるのではないか、と思われるかもしれないが、背の高い人同士の子どもでも背の低い子どもの生まれる確率は4分の1ほどあるし、背の低い人同士の子どもでも背の高い子どもの生まれる確率は4分の1ほどある。
(Kindleの位置No.542-545)

つまりですね、2代、3代くらいの短い期間で見ると違うかもしれませんが、長い時間が経てば経つほど人間の遺伝的能力というのは平均に近づいていくということです(背の高さもそうだし、知能の高さもそうでしょう)。

だとしたら、今現在存在してる私たちだってかなりの代を経てきているわけですから、能力の違いはあれども、全員がそれなりに平均値に収まっているとも言えますよね。

私が好きなのは次の部分なんですけれども著者はこの平均への回帰について

これこそ人間社会を安定に導く素晴らしい定理として感銘を受けた

と言っているんですね。その理路は↓です。私は100%同意します。

もし「平均への回帰」が真実であるならば、世の中は極端な格差社会ではなく、平均的で格差のない社会へといずれは到達するように思えたからである。
(Kindleの位置No.550-551)

2.教育は誰のためか

この本の中で「子供の将来に対して親が強く期待すること」についての国際的な調査が紹介されています。

ざっくりと日本の結果を言いますと、「幸せな家庭を築くこと」を選んだのは83%なのに対して、「高い収入を得る」「高い地位に就く」「有名になる」は他国に比べてもあまり選ばれていません

「高い収入を得る」は最も高いフランスでは54.5%、アメリカでも44%。なのに日本では5.9%だけです。

まあそれは文化的なものがあるからいいとして、問題は次の調査です。日本において、「所得の多い家庭の子供のほうがより良い教育を受けられる傾向をどう思うか」に対して、「当然だ」と答える層が年々増えてきており、「問題だ」と答える層がだんだん減ってきているという事実があるのだそうです。著者は以下のように嘆いています。

日本人の多数は、できればすべての子どもに平等な教育を与えるべし、と思っていた。だが、それすらない時代になってしまった。(Kindleの位置No.390-391)

日本人の多くは自分の子どもに対する私的な教育投資には熱心であるけれども、それを社会全体に還元することには関心をあまり持っておらず、また一部の低所得の親は私的な教育投資を行う経済的な余裕すらない、となる。(Kindleの位置No.404-406)

この辺りは難しいところですけど、やはり教育の格差が出るのは社会的に問題ですよね。もちろん全員が東京大学で学ぶ必要はないですけど、ある一定レベルの教育を、望むのであればだれでも受けられるということが望ましいのではないかと思います。その理路は以下ですね。

教育機会のない人への教育費支出の増加策は、国民一般の教育水準、あるいは生産性を上げるので好ましいという意見があるし、筆者もこれに賛成である。
(Kindleの位置No.419-420)

高い金を払って良い教育を受けて高い収入を得る、それはそれでいいでしょう。ただ人は一人で生きているわけではありません。生きていれば、望む望まざるに関わらず色々な人と交わることが必要になります。その時その交わる人がある程度教育を受けていた方が良くないですか

教育の一次的な受益者は本人であるということでいいと思いますが、社会的な問題や制度的な問題を考える場合には、教育の最大の受益者は社会であるということは常に頭の中に入れておく必要があります。全てを個人のレベルで考えることはあまり得策ではないでしょう。

3.なぜ秋田や北陸は学力が高いのか

塾に通うと成績が上がることは知られています。日本では小学6年生で50%弱、中学3年生で60%強の子供が塾に通っているそうです。

塾に通うことは学力向上に役立つが、国語よりも算数・数学においてその効果が高い
(Kindleの位置No.1312-1313)

なかなかおもしろいですよね。算数の方がテクニック的な面が強いのかもしれませんね。もしお子さんを塾に通わせる計画の方はぜひ算数だけご検討ください。国語は読書の習慣とかの方が影響を与えるのかもしれませんね。

で、面白いのはこの次です。都道府県別の全国学力テストの結果を見ると、最上位は

秋田
石川
福井

という県が占めるのだそうです。で、特筆すべきはこの県の子供たちの塾への通学率がとても低い、ということなんです。

もちろん、地方ですから塾自体が少ないというのはあると思いますが、どちらにしても塾に通っていない子供が多い地域の総合的な学力が高いのは確かなのです。

その理由としては、以下の3点があげられています。

・教員、行政職員などが教育の大切さを認識しており、学校教育に経済的支援を行うことが多い
・生徒も親も学校に対する信頼を持っている
・親が教育に熱心で、子供がよく勉強できるような雰囲気づくりに努めている

塾への通学率が低いこどもの学力が高いという事実は、公立の学校でも、塾に通わなくてもよい教育結果を得ることができる可能性を示唆しているといえます。

収入の多寡にかかわらず、それなりのレベルをすべての子供が受けられる社会を作るためには、やはり国や地方自治体が動く必要がありますね。ほんと、教育とか医療とかは、だれにでもまんべんなく与えてもらいたいものです。それが結果として、収入の多い人にもまわりまわって返ってきますからね。

まとめ

というわけで、最近読んだ 橘木俊詔(2020)「教育格差の経済学 何が子どもの将来を決めるのか」NHK出版 をご紹介させていただきました。

私が引用したのはごく一部です。もし興味を覚えた人は、購入して読んでみることをお勧めします。私が紹介した部分以外にもいろいろとおもしろい内容があります。

まああれですね、やっぱ基本的な教育は機会の平等が必要ですよね。なんか以前アメリカ人が「日本は住んでいる地域に関わらず同じレベルの教育が受けられて素晴らしい」と言っているのを聞いたことがあります。私もその部分では同意します。

例えば、私の子供たちは今カンボジアの日本人学校に通っているんですが、そこでの教育は日本の公立校の水準と変わりません(少人数ですし、むしろ一般的な公立校よりも質の高い教育がおこなわれていると思います)。周りには学費の超高いインターナショナルスクールなんかもあるわけですが、そこに子女を通わせている人に話を聞いても、そういう一流私立校と教育の質において違いはないと思います(もちろんインターナショナルスクールに通うと英語力をはじめとた日本人学校では身につかない力が身につく面はあります)。

もちろん日本的教育の仕方に問題がないわけではありませんが、問題がない教育機関などはないはずです。ですから、日本はすべての人にあまねく教育をいきわたらせるという点においては、ある程度成功しているわけですから、その強みをしっかりと維持する方向に進んでいってもらいたいなと思いました。

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