■行動心理学の実験結果を日本語教育場面で考えてみる(1) 決断
■行動心理学の実験結果を日本語教育場面で考えてみる(2) 取り掛かりを容易に
↑からの続きです。
池田貴将(2017)『図解 モチベーション大百科』サンクチュアリ出版 を引用しつつ、行動心理学の実験結果を日本語教育現場でどのように応用できるかを考えます。
これまでは、授業や学習者に対して適用できることについて書きましたが、今日は教師自身の仕事術という観点から実験の結果を見ていきたいと思います。
マルチトラッキング
被験者であるデザイナーにバナー広告制作を依頼し、仕掛け人である依頼主と仕事を進めてもらいます。
Aチームのデザイナーには…
1回の提案につき1パターンのバナー広告を用意し、その都度、依頼主から意見をもらうよう指示する。そしてそのやり取りを6回繰り返してもらう。
Bチームのデザイナーには…
1階の提案につき3パターンのバナー広告を用意し、それぞれについて依頼主から意見をもらうよう指示する。そしてそのやり取りを2回繰り返してもらう。
結果
B チームが作成したバナーの方がデザインの評価が高く、クリック数も多かった。
またデザイナーに「依頼主からの意見が役に立ちましたか?」と質問すると
A チームのデザイナーは…
35%が YES と答えた。でも50%以上は「批判された」と感じた。
B チームのデザイナーは…
80%が YES と答えた。さらにデザイン能力に対する自信が増したと感じた。
(Kindle 1989)
この実験結果に関して著者は,
「企画書を見せる側、見せられる側、どちらにとっても平和をもたらすのは「渾身の1案」ではなく、
「大雑把な複数案」
なのです。」としています(Kindl 2001)。
最近全くこれと同じ状況がありました。
今、昔の同僚と一緒に日本語の教科書の作成に取り掛かっているんですが、「「はじめに」をお願いしたい」と言われました。
適当にやっつけてやろうと思って書き始めたんですが、その教科書に込めたいメッセージは結構色々あるんですよね。それを簡潔にまとめようと思ったんですがなかなか難しいんです。で結局、内容や語り口が少しずつ異なる3案ができました。
こちらではA案が一番気に入っていたのですが、せっかく書いたB案、C案を没にするのはもったいないと思い3案とも送りつけました。元同僚から返ってきた返事は、
B案を中心にしてこちらで少し手直しをします
とのことでした。A案は採択されなかったんですね(笑)。
でも逆に言うと、B案が採用されたのは、他の2案があったからとも言えますよね。3つのオプションがあることによって、それらの案を比較することができるからです。また、少々手厳しい言い方ですが、3案くらい出せばその人の実力の輪郭がおぼろげながら見えることになります。
日本語教師の場合だと、セミナーで講師に立ったり、人前で話したりすることもあると思います。話すテーマは決まっていても、具体的に何を話すかは登壇者に委ねられることが多いです。そういった時、主催者には
3案ぐらい内容を提示したら良い
のではないでしょうか。ゲストスピーカーとしての登壇で、主催者にお伺いを立てる必要はないとしても、事前に主催者のお墨付きをもらっておけばちょっと安心ですしね。
後は学習者に与える課題などもそうかもしれません。前も少し書きましたが、オプションをいくつか用意するというのはこれからの一斉授業では必要になると思います。
分析病の罠
Aチームの被験者たちには…
かなり冷たい水の中にできるだけ長く手を入れてもらう。
Bチームの被験者たちには…
ペンの色、好みのTシャツ、大学の講座などの「選択」をさせた後、かなり冷たい水の中にできるだけ長く手を入れてもらう。
結果
Bチームの方が早く手を出した。
同様に数学の問題を解いてもらう。
↓
Bチームの方がミスが多く、あきらめも早かった。
(Kindle 2389)
つまり著者は、
事前に考えすぎたり分析しすぎたりすると行動力が鈍っていく傾向がある。
これもよく分かりますよね。仕事って考えれば考えるほど進まないんですよね。色々な瑕疵が見えてくるといいますか。でも刻一刻と変わっていく状況の中で何らかの成果を出すには、思い切りが必要になります。ほとんど私の仕事は
見切り発車です。
でも面白いもので、例えばこのブログ記事に関しても、熟考したからいい記事が書けるっていうものでもないんです。構成をちゃんと考えて丁寧に書いた記事が全く見向きもされず、適当に書いて「こんなの上げて意味あるか?」と思うような記事が評価されるということはままあります。
特にブログのような媒体は、低レベルの記事を書くことを恐れるよりは「下手な鉄砲数うちゃ当たる」式で記事を量産した方がいいのかもしれません。結局目に入ってくる記事っていうのは誰かがリツイートしたとか検索結果で上位にある記事ですから。
ブログ記事に関わらず、「迷う」っていうことはそれぞれの選択肢に利があるからなんです。全員が全員納得してくれる授業もないし、セミナーもありません。だったら最低限「人を傷つけない」とか守るべきところだけ守って、あとはとりあえず思う通りにやってみたらいいんじゃないかと思います。その結果からまた新たなものができてくるわけですしね。
何がいいかなんて分かりませんしね。「とりあえず動こう」ということです。
交互練習
被験者は四つの難しい立体について体積のもとめ方を勉強します。
Aチームの被験者には…
立体の種類ごとに練習問題を解いてもらった。
Bチームの被験者には…
種類ごとではなく、順不同に練習問題を解いてもらった。
結果
A チームの正答率89%
B チームの正答率60%
…しかし一週間後にテストを行ったところ
Aチームの正答率20%
Bチームの正答率63%だった。
(Kindle 2408)
著者はこの結果を受けて、
…つまり交互練習は集中練習とくらべて、理解しづらく、成果も実感しづらいが、長期記憶の役に立つ。
と言っています。
この実験結果は、まさに我が意を得たりです。以前読書法の一つとして「横断的読書法」というのをこのブログでも紹介しました。
まあ、簡潔に言うと、5冊くらいの本を同時進行的に読み進めるってことです。本当に面白いストーリー性のある物語などは一気にがーっと読んじゃうことがあるんですけれども、たいていは読みかけの本を5冊以上作っています。そうやって少しずつ少しずつ読んでいるんですよね。
この読書法が行動心理学的にも良いということが証明された!ということです(オーバーですかね?)。
他にも例えば今ピアノの練習をちょっとやっているんですが、基本的にこれも同時進行です。たぶん性格によっては、1曲を完全にできるようになってから次の曲に進むという人もいるとは思いますが、私はこの曲をちょっとやって、飽きてきたら次の曲をやって、また別の曲をやって、そして最初の曲に戻って、のようなやり方で練習をしています。つまり交互練習ですね。
仕事術としてよく言われるポモドーロとか、9分フラグメントなんかも、フォーカスする点は違っても横断的に仕事をするということで共通点はありますよね。
仕事って取り掛かる前は壁のようにそびえ立つんですけど、ちょっと取り掛かりを作ると案外思ったより簡単にできるなと思うことはありませんか?それを感じるためには、一つの仕事を完璧に終えてから次の仕事に移るんじゃなくて、ちょっとずつ同時進行で進めていく交互練習的な進め方が良いのかなとも思いました。
語学の学習シーンではどうでしょうか。例えばJLPTの勉強するとして、やはりこれも文法から片付けてしまおうとか漢字をまず完璧に読めるようになろうとか、それは違うのだろうということですよね。
そう考えると学校教育一般のカリキュラムの組み方は間違ってないんですよね。日替わりでちょっとずつやっていくのが良策ということです。
まとめ
というわけで、 池田貴将(2017)『図解 モチベーション大百科』サンクチュアリ出版 を引用しながら、いろいろと仕事術について考えてみました。本当はもっと紹介したいところがあったんですが、あんまり書きすぎてもあれですからね。
まとめますと、
・提案するときは3案出す
・考える前に動け
・練習は交互におこなう
ということですね。もちろんこれがすべてではないとは思いますが、何らかの参考になれば幸いです。