日本語授業「盛り上がる」クラスは要注意!?

投稿者: | 2021年8月16日

盛り上がる

という言葉をしばしば聞きます。

・この活動は盛り上がった
・このクラスはノリがいいから何やっても盛り上がる

みたいな用法でしょうか。「盛り上がる」自体は正の価値を内包した言葉だと思いますし、上のような例では肯定的な意味合いで使われていると考えられます。

ただ、私くらい疑り深いレベルになりますとね、

盛り上がる

と聞いただけ、感じただけで「ちょっと気をつけねば」と思ってしまうんですね。もちろん盛り上がるのは悪いことではないと思いますが、注意が必要だと思っているということです。以下それについて書いていきたいと思います。

雰囲気依存の結末

同じ学校でも、担当するクラスの雰囲気って千差万別ですよね。あるクラスは明るくて笑いが絶えない、しかしあるクラスは何を言っても反応がない…みなさんはどちらのクラスが好きでしょうか?大体の人は前者を選ぶでしょう。私も暗いより明るい方がいいっす。

ただですね、そういう「雰囲気」と「授業の経過・成果」はまた別のものだと私は思っています。というのはですね、ノリや反応がよいクラスというのはですね、授業が大雑把になってしまうことが多いからです。

考えてみればわかることですが、雰囲気がよく笑いに包まれているようなクラスですとね、その雰囲気に乗って授業を進めてしまいがちなんですよね~だって雰囲気がいいんですもん。大雑把な授業プランで臨んでも、何とか授業が終わるんです。しかも明るい気分で。

一方、暗くて反応がいまいちのクラス。入っただけでどんよりしていて愛想笑いすら起きないクラス。ありますよね。ただね、そういうクラスがあるとわかっていると、かなり綿密なプランを立てるんですよね。だって、慎重に計画を立てないと時間が持たないですから。「あれ、20分早く終わっちゃった~てへっ何しようか?」みたいな奥義が通用しないんですよね。

つまり、盛り上がるクラスはなんとなくの授業プランでもどうにかなるが、一方愛想笑いでつないでいけないクラスの授業プランは綿密になる。というか、そうならざるを得ない。で、それが一学期とかある一定期間続くとどうなるか考えてみてください。授業の質は明らかに後者の方が高くなります。

これは私の経験でもあります。最初の日に「楽そうだな」と思ったクラスは、相対的に神経を使いませんからなんとなくだらけてきます。一方で「これは厳しい」と初日に思ったクラスは試行錯誤をしますから、だんだん授業がよくなっていくんです。

優等生として育った子供をノーマークにしていたらいつの間にかグレていた、みたいな感じでしょうか。

最初暗い雰囲気で始まっても、授業を自分なりに改善していきます。一学期が終わるときも暗い雰囲気は変わりませんが、なんとなくやり切った暗さで晴れやかな気分になったことが何度かあります。その時の充実感わかる人いますかね?

クラス単位で見ることの弊害

そもそもですね、「盛り上がる」って言葉は個人に対しては使わないんですよね。日本語教育の文脈で「盛り上がる」って使うときはクラス単位の話じゃないですか。でもね、クラスの雰囲気ってごくわずかの数人に左右されることが多いんですよね。

というのは、いや~このクラスは笑いが絶えない、返答にはいつもユーモアが混じっている、みたいな場合でも、よくよく考えてみるとそれをけん引しているのはごく一部の学生なんですよね。他の人はまあその雰囲気に逆らいはしないけど、合わせているみたいな場合も多いです。

なんかわかんないけど、他の人がおもしろいことを言うから笑ってるとか?テレビのスタジオ収録とかに行くと、大しておもしろくないことを言っても観客が大笑いしてしまうとか、それに近いですよね(行ったことないけど)。大笑いしながら隣の人に「え?今なんて言ってたの?」みたいなこともありますよね。

テレビの収録はまあ一回限りの試行なんで、別にそれでもいいんですけど、授業となると毎週あったりしますから、いずれボロが出てきます。

木を見て森を見ず

って言いますけど、授業の場合は「木」をしっかり見ないとダメなんですよね。その点、グダグダクラスなんかは「森」を見ても取り付く島がないから「木」を一本一本良く見ていくしかないんですよね。

雰囲気に惑わされないテクニック

ここまでの議論に同意してくれるかどうかわかりませんが、もし仮にみなさんんが同意してくれましたら、ここから先も読んでみてください。私は↑のような考えを持っていますので、できるだけ「盛り上がる」とか「雰囲気が良い」とか「明るい」」とかに惑わされないようにしようと努力をすることにしています。

そのためのテクニックというか、私が心がけていることはたった一つのことです。それは、

自分からはおもしろいことを言わない

という戒めです。私は授業中に学習者に受けそうなことは極力言わないように決めています。まあ、それは私の考える面白いことが一般の学習者の方々には高尚過ぎるという側面もあるとは思いますが、とにかくわかりやすい冗談とかは思いついても絶対に言わないことにしています。

時々ね、思いつくんですよ、「これ言ったらドッカーンと来るぞ」というようなことが。でも言いません。それを言うのは私の役割ではなくて学習者の役割です。学習者がおもしろいことを言うのを私は妨げません。先ほども言いましたが、私もどちらかというと「暗い」よりは「明るい」方が好きですから。ただ、私が本気を出して「ドッカーン」させてしまうと、それこそ私が雰囲気に吞まれてしまうんですよね。そこが問題なんです。

まあ「ドッカーン」はあってもなくてもどっちでも良くて、とにかく私たちは冷静に今クラスで起こっていることを見極めて、慎重に授業プランを遂行していくだけですよね。

先生の2タイプ

あ、もちろんそれは先生のキャラによるともおもいます。ドッカーンを期待される先生も絶対いるはずですしね。そうそう、前から思っていたんですが教師には「方向性」としては二種類があると思います。

・劇場型教師
・舞台袖型教師

前者は強烈な個性でクラスの中心となり学習者を引っ張っていくタイプ。後者は舞台上に立つ学習者をサポートしていくタイプ。私は完全に後者を志向していますが、教師になりたい人の中には前者のタイプも少なくないと思います(どっちが良いとか悪いとかいうことではありません)。

以前テレビ局のアナウンサーの人が「「さっきのニュース誰が読んでいたか覚えてないけど、よい読みだったよね」と仲間に評価されるのがもっともうれしい」と言っているのを聞いたことがありますが、まさにそれは舞台袖型教師にとっても本望なんですよね。「なんかわかんないけど2年生の時に日本語の実力が上がった」みたいな評価をされたらうれしいですよね。

まとめ

というわけで散漫な話になってしまいましたが、まとめますと、

・「盛り上がる」クラスは注意せよ
・雰囲気に呑まれるな
・クラス単位でばかり考えるな
・おもしろいことは家で言え

ということです。完全に同意を得られるとは思っていませんが、わかってくれる人もいますよね??

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