『日本語教育の新しい地図』②

投稿者: | 2021年12月8日

『日本語教育の新しい地図』①

からの続きです。

当初はシリーズにして、ここに収められている論文を全部詳しく紹介しようと思っていたんですが、ちょっと面倒になってきました。ですので、シリーズはここまでにして、今回は簡単にいくつかの論文の内容についてご紹介します

取り上げてないものがすぐれていない、というわけではなくて、私の紹介しやすいものだけを取り上げていますので、その辺りは誤解なきようお願いします。

第2章 溶けあうことばの境界-応用言語学における多言語的転回とこれからのことばの教育について

グローバル化が進み、社会の在り方が変化しつつある現在、言語教育の在り方も変わってきている。これまで現場が暗黙の了解としてきた「モノリンガルバイアス」を脱皮し、新たな教育のためにはどのようなことを考えなければならないかを論じる。

第3節で「これからの言語教師に求められること」として、以下の三つが挙げられています。

・学習者の言語使用状況の理解とそれに即した教育・学習支援活動のデザイン
・学習者の個別性への注目とアドバイザーとしての教師
・言語学習を取り巻く社会制度やイデオロギー構造への注目

この文法とこの文法の違いを説明するとか、そういった役割からはだいぶ距離が離れてきた感じがしますね。もちろん語学教師の前提としてはそういう能力は必要だとは思いますが。

第4章 複雑系理論と言語教育-L‐caféにおける学び

岡山大学内に設置されたソーシャル・ラーニング・スペース「L‐café」を通した観察、研究結果の紹介。要は、留学生や国際交流、語学学習に興味のある学生たちが集まる場のことですね。

おそらくいろいろな大学や学校でもこういう試みはなされていると思いますが、教師による学習管理の場とは別に、こういう複雑系的な場所(つまり、どうなるかわからんけど、いろんな交流が功を奏すかもしれん的な場所)を提供、管理、運営するのも言語学習に関わるものとしてもっておきたい視点ですね。

教員の役割は、創発を促し、まなび野アフォーダンスを生まれさせる環境を作ることである。それと同時に教員は「予期できない可能性」について学生に興味を持たせる必要もあるだろう。

第5章 神経科学と言語学習

神経科学の視点から日本語の教授法について考えていくものです。未だに部活動でウサギ跳びをしているようではダメですからね。科学に則って言語学習を効率的に進めるときのことについて書いてあります。

色々面白い内容があるんですが箇条書きにしますと、

・教員は言語と感情を関連付けて学習するよう考慮すべき。感情が伴うことによって学習が促進される。
・睡眠を十分にとること。
・動かすことによって脳も活性化される。立ったり座ったりする活動歩き回ったりする活動はその観点から言うと良い。
・物語や経験、多感覚的な情報は、語彙を教えるにあたって効果的な方法である。品詞だけ記されている単語リスト渡してもあまり意味はない。

第6章 「ソーシャルターン(social turn)」が英語教育にもたらす課題

ソーシャルターンというのは耳慣れない言葉ですけれども、「SLA(第2言語習得)研究におけるパラダイムシフト」のことを指すようです。

語学教育や習得の現場は時代によってトレンドがありますし、50年前の外国語教育と現在の外国語教育では全然違いますよね。当然のことながら個人の外国語習得もそういったトレンドや社会の在り方、言語教育のパラダイムシフトによる影響を受けます。そういったソーシャルターンがどう影響を与えているかを研究するものです。

大雑把にいうと↓のようにソーシャルターンが変わってきたことを説明しています。

Invisible learnerの時代(見えない学習者)

Learner-Centeredの時代(学習者中心)


Person-Centeredの時代(学習者個人)

後半は質的研究のナラティブ手法により、日本の英語学習者はどのような言語学習のパラダイムシフトに影響を受けてきたのかを示しています。

第9章 インターネットとモバイル技術が可能にした学習の形-eラーニングによって広がる日本語学習のバリエーション

私たちも簡単にEラーニングとかインターネットの活用とか言いますが、その定義的なものをまとめたものです。これは、この分野に関する論考を書こうとする人などは参照するのにとてもいいと思います。

たとえば、

「フォーマル学習におけるeラーニングの形態」という表では、

「伝統的対面授業」
「Web 活用」
「ブレンディッド/ハイブリッド」
「オンライン」

の言葉の定義的なものがなされていますし、

「インフォーマル学習における eラーニングの形態」では、

「日本語学習用リソースの利用」
「日本語学習用ではないコンテンツの利用」
「日本語話者との接触」

について分類されています。また、「eラーニングの利点と欠点」についてもまとめられています。

この論文?の秀逸なところは、「漠然と私達が知っていることをちゃんと文字でまとめている」という点かと思います。読めば当たり前のことなのですが、その当たり前を文字に直すのって結構苦労するんですよね。

第10章 アプリやウェブサイトを活用した日本語学習

これもタイトルその通りなんですが、日本語学習で使うためのアプリやウェブサイトを分類しています。またそれだけではなくて実際に学習者がアプリやウェブサイトを使って日本語を学習した実践についての報告もされています。

こういったアプリやウェブサイトは学習者一人一人にとって合うものもあれば合わないものもあり、これをやっていれば OK というものはありません。ある学習者はゲーム実況を通じて日本語能力を伸ばしましたが、それが万人に通じるわけではありません。

そう考えると、100人いれば100通りの方法があり、では教師としてはこのようなものにどう向き合っていくかを考えていく必要があります。まあとりあえずはどんなものがあるかを知ってないと、どう向き合うかも考えられませんね

第11章 外国語環境における日本語学習者の個人学習環境構築のケーススタディ

海外で日本語を学ぶ学生がどのように個人的に学習を進めているかのケーススタディです。これも第10章のアプリを使った学習と同じで、百人いれば百通りの学習方法があることがわかります。

第12章 漢字学習におけるデジタルツールの利用傾向

日本語学習者たちが漢字の習得にどのようなアプリやウェブサイトを使っているかをまず調査する。ほんと学習者たちは色々なデジタルツールを使っていることがわかります。

ただ本文でも述べられていますが

デジタル機器の種類が増え、性能が高まり、漢字学習に応用できることが増えているにもかかわらず、現場は辞書機能と暗記に特化したツールが増え続けている。これでは神や手書きで学ぶこととさほど変わらない

とし、これらのツールはまだまだ発展途上だとしています。

やはりポイントは、第5節のタイトルにもなっていますが、

「覚えたら使える」から「使いながら覚える」へ

でしょう。現状ではそれを一気に解決するアプリなどはないので、個々人が自分にあった学習法で漢字を学んでいくことになりますが、そういう観点を以て漢字学習、漢字教育にもあたるべきでしょう。

第14章 教師にとっての「語りの場」の意義

これもナラティヴ手法による研究ですね。

正直に日本語同士で語る場を持つことによって、自分の仕事上の悩みが解決されていく可能性があるという話です。

コロナ以降、さまざまな研究会や勉強会がオンラインで開催されるようになりましたが、「~ツールの使い方」「~の教え方」といったものだけでは解決できないことがある、ということですね。

この論文の場合は、話すことによって自分の中のわだかまりに気づき、それを意識することによって授業がうまくいくようになったという話だったかと思います。

まとめ

というわけで、最近読んだ「日本語教育の新しい地図」の一部についてとても簡単に紹介させていただきました。

専門書の類ですからガッツリしている部分はありますが、なかなかおもしろかったです。

これからの新しい教育のポイントとしては、

・マルチコンピテンスの視点
・(学習者・教師)個人へのまなざし
・デジタルツールとのかかわり
・ファクト(科学)に基づいた行動

あたりかなと思います。そこを抑えたものが、これから10年間の日本語教育でのトレンドになってくる(というか既になっている)のは間違いないと思います。

マルチコンピテンスとは?↓

『日本語教育の新しい地図』①

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