ある言語を話そうとするときに、ほかの既習言語が出てきてしまう話

投稿者: | 2022年8月31日

現在、中国語と格闘中です。

中国語は大学時代第二外国語で習いましたが、もうそれも20年以上前の話。しかも大体成績はCで、お情けで卒業させてもらいましたから、ほぼ中国語力は0。それで北京にやってきました。

外国語学習は私の趣味みたいなもんですし、現地語はできるだけ覚えたいと思っていますので機会があれば中国語を使っています。そんな中、一つ「なぜだろう?」と思ったことがあり、それがこのタイトルの内容ですので、ちょっと詳しく書いていきたいと思います。

クメール語が出てくる

中国語を話そうとするとですね、なぜかクメール語の単語が出てくるんですよ。

例えば、中国語では「行く」に相当する語として「去(qu)」を使いますが、その「去(qu)」を言おうとすると、瞬間的にはクメール語の「行く」に相当する「ទៅ(トウ)」が脳裏に去来するんです。もちろんそれは一瞬思いつくだけで、口からは出ないんですけど、とにかく思いつくのはクメール語の単語なんですね。

それは「行く」だけでなく、数字でも同じですし、今朝は「もし」という中国語を話そうとしたらやっぱりクメール語が出てきました(中国語でも何というかわかりませんでしたが)。

外国語を勉強したことがある人なら、この感覚はわかると思います。特に珍しいことではないでしょう。ただ、私が気になるのは「なぜクメール語が出てくるのか」ということなんです。というのは、私が少しでも話せる言語はクメール語だけではないからです。日本語はもちろんのこと、韓国語もそこそこできますし、英語もクメール語よりはできるでしょう。

で、なぜ中国語を話そうとするとクメール語が出るのか?

推測1:言語の体系が似ている

まず私が考えたのはこれです。

クメール語も中国語もいわゆる「孤立語」に属します。孤立語というのは何かと申しますと、語形変化とかがなくて、単語の配列で内容を表現していく言語のことです。代表例は中国語とかクメール語です(笑)。タイ語とかもそうですし、チベット語なんかもそうみたいですね。

要は、単語を覚えて、それを適切な順序で並べればいいだけなので、ある意味では楽な言語でもあります。「ある意味では」ですよ。

で、構造が似ているから、中国語を話そうとすると、似たような構造のクメール語のスイッチが入って、脳裏にその単語が浮かんでくるのかな、と思いました。まあ割と筋は通っているかと思います。

推測2:習得レベルが似通っている

というような話をしましたところ、「私はそれよりも、習得レベルの問題ではないかと思う」という指摘を受けました。というのは、「言語の構造が全く違う外国語同士でもそれは起こる。なぜならそういう経験があるから」みたいなことなんですね。

確かにそれは有力な回答かもしれません。私が少しでもできる言語の中で、もっとも中国語力に近いのはクメール語だからです。クメール語もある程度は話したり聞いたりできますが、タフな交渉を乗り切るとか、そういうレベルではありません。

また、その指摘を受けてから過去の経験を思い出してみても、確かにそういうことがありました。

韓国に来たばかりのころ、カナダ人のおじさんとルームシェアをしていたんですが、英語を話そうとすると韓国語ばかり出てくるのですね。それは英語と韓国語のレベルが似通っていたから、と推測をすることも可能です。

今は英語を話そうとして韓国語が出てくることは全くありません。それはおそらく韓国語の能力が英語よりも遥かに高くなっているから、と言えるかもしれません。

推測3:最近まで勉強していた

これも理由としてはあり得るでしょう。

上のカナダ人との例で言いますと、そのころ私は基本的に韓国語を学習していたのです。もっとも熱心に勉強しているものの影響を受けるのは当然といえば当然でしょう。

当時は韓国語もそれほどできなかったので、日本語の「行く」は韓国語では何だったっけ?というようなことをずっと脳内でやっていたわけですね。それでいきなり英語が入ってきたら、韓国語が口をついて出てくるのは当然でしょう。

これも有力な案だと思いますが、今回の中国語の件について言えば、クメール語学習からは数か月のブランクがあいています。まあ直近で習った外国語ではありますが、同時進行でやっていたわけではありません。

一応の結論

というわけで、いくつかの理由を考えてみましたが、総合的に考えますと、

どれも答えである

と言えるのではないでしょうか。つまるところ、2つの言語間(目標言語とふいに出てくる言語間)で、何らかの形で同カテゴリーに入る要素がある場合はそれの影響を受けると言えるのではないかと思います。

その「カテゴリー」というのは、具体的に言うと上でみたような「言語の構造」「言語レベル」「学習した時期」みたいなものですが、その種類はもっともっと多いと思いますし、潜在的には無限にあるといえると思います

例えば今日あったことなんですが、職場の先輩と昼食に行った後セブンイレブンにコーヒーを買いに行きました。それはエスプレッソマシーンで淹れるやつなので、口で(つまり中国語で)注文をしないといけません。

メニュー表には、「美式珈琲」と書いてあるんですね。「アメリカーノ」ということです。

中国語で「アメリカ」は「美国」というのは知っていましたし、「美」を「メイ」ということも知っていました。また「珈琲」を「カーフェイ」というのも知っていました。ただ、「式」をどう発音すればいいかはわかりませんでした。

しかし店員を前にしてふと「メイシkカーフェイ」と言ってみたんですね。そしたら通じました。まあメニューが「アメリカーノ」と「ラテ」くらいしかないので当然かもしれません。後で聞いてみると中国語の「式」は「シ」と読むらしいですのでニアミスでしたね。

で、問題はなぜ私が「式」の読み方をわからない状態で「シk」と言ったかと申しますと、韓国語では「式」は「シk」と読むからです。つまり「漢字の読み方」という点では(私は)韓国語の影響を受けているということですね(まあ日本語でも「シキ」ですけど)。

さらに言いますと「漢字をどう発音するか」という喫緊の問題については、「同じ漢字を使う言語」という同じカテゴリーに入る要素での影響を受けたわけです。最初は「中国語を話すときはクメール語が出る」と言いましたが、それは既知の単語を並べるという作業において影響をうけたと考えられ、「孤立語」という言語構造のカテゴリーによる影響を受けたと言えるのではないかと思います。

まとめ

というわけで、表題の「ある言語を話そうとするときに、ほかの既習言語が出てきてしまう話」については、「似ている部分があればそれが発現する」という当然といえば当然、常識といえば常識的な結論を導きました。

まあ私などは、実用レベルで習得している外国語数が少ないので、その内省にも幾分限度がありますが、なかなか面白い話題だなあと思いました。

この言語を話すときは、この言語が出てくるんだよな、というのがあればその理由を考えてみるのも面白いですよね(というわけで雑談をさせていただきました)。

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