畑佐由紀子(2022)『学習者を支援する日本語指導法I 音声 語彙 読解 聴解』くろしお出版
本書のアマゾンの紹介欄には「最新の研究などの知見に基づいた理論とその科学的な裏づけに基づいた実践的指導法を紹介」と書かれています。
私の一読後の感想としましては、日本語教育の初心者向きというよりは、一皮剥けた人向けかと思います。本の体裁も硬派な感じですしね。とりあえず与えられた授業についてはなんとかこなすことができてきて、さてこれからどうしよう、もっといろいろやってみたいぞ!みたいな人向けですかね。
20年近くこの業界に身を置きながらも、あまり熱心に勉強してこなかった私のような層にとっても十分リーダブルな内容となっていると思います。というか私は非常に勉強になりました。
今日はこの本の内容を一部ご紹介します。私が「引っかかった部分」について少し記載をおこなっていく感じです。本の全体についての紹介はいたしませんが、断片的な記述が本書を手に取るきっかけになってくれれば嬉しいと思い書き進めます。
とりあえず、以下の3点の見出しを立てて書きます(多分シリーズになります)。
・付随的語彙学習と意図的語彙学習
・セマンティックオーガナイザー
・意味交渉
付随的語彙学習と意図的語彙学習
この言葉自体初めて聞きました。以下のように説明されています。
付随的語彙学習→「語彙を学習する目的ではないほかの活動をしている最中に未知語に遭遇した際、類推を通して意味を理解し、習得していくこと」(p114)
意図的語彙学習→「意図的に語彙を学ぼうとすること」(p115)
まあ字面通りですね。
当然と言えば当然ですが、L1(第一言語)の習得はほぼ付随的語彙学習ですよね。「今日は台所にあるものの名前を覚えよう」という子供はいないでしょうし、「遊びで使う語彙を覚えましょう」ってやる幼稚園の先生なんてのもいませんよね。
それがL2(第二言語)になるとそうではなくなって、意図的語彙学習の割合が増えていくのです。そうですよね、単語覚えるためにノート作ったり、フラッシュカード作ったりしますよね。
ただ、この二つは截然と分けられるものでもありません。ふと気になる単語が出てきて、よく知らんけど文脈上推測はできる。その場合は付随的な学習なわけですけど、その後やっぱスペルとかちゃんと覚えとこうと思って辞書で調べたりしたらそれは意図的学習です。
で、どっちが大事かといったら、多分どちらも大事ですよね。教師としては意図的な学習の方に目が行きがちですけど、授業やコースの仕組みとして付随的学習の方にも目を向けておく必要があるわけです。
付随的語彙学習
本書では付随的な語彙学習をのポイントがいくつか書かれています。
付随的語彙学習を通して、未知語を獲得するためには、インプットのほとんどが理解できなければなりません。(p115)
細かい部分は割愛しますが、全体の95%程度はわかると言う状態でなければ効率的な付随的語彙学習は成功しないとのことです。あくまでも「効率的な学習」ですよ。
これわかりますよね。ほとんどわからない外国語のテレビ番組なんか見ていても、何も覚えませんから。挨拶とか固有名詞とかはかろうじてわかるかもしれませんが、ほとんどわからない文章をよんだり聞いたりすることにあまり意味はないと思います。
だからとにかくまずは自分のレベルにあったものですよね。ほとんどわかるんだけど、時々知らない言葉がでてくるもの。そして、そのほかの効率的な学習の条件としては、
「興味があるもの」「多様なタイプのもの」
を読んだり聞くのが良いとされています。まあこれも当たり前と言えば当たり前で、興味がないと続きませんし、同じタイプのものばかりだと外縁が広がっていかないですからね。
まあ結局は「多読」とかでよく言われることですよね。多読(多聴を含む)なんかはまさにこの付随的語彙学習の理屈にあったものだと言えるわけです。
意図的語彙学習
一方の意図的語彙学習ですけど、どうすれば学習が効率的に進むかも知りたいですよね。最も伝統的な意図的語彙学習は、新しい課に入ったらまず先生が「新出単語を見てみましょう」とかいうアレかと思いますが、多分アレじゃだめそうなのは皆さんわかると思います。
意図的語彙学習についての研究の成果についていくつか書かれているのですが、私がむむむと思ったところだけシェアさせていただきますと・・・
・教師が覚えさせる語よりも、学習者が言える必要があると感じる語の方が習得されやすい。
・語は深い処理をさせると記憶に残りやすい→さまざまな活動をすべき。
・インプットを理解させる活動よりもアウトプットさせる活動の方が効果が高い。
・意味カテゴリーで語彙を導入すると習得効果が落ちる→「果物」というカテゴリーで「バナナ」「りんご」などと導入するのは効率的ではない。
・テーマに沿った語彙の導入は効果が高い→「学校」というテーマで「先生」「学生」「教室」などと導入するのは良い(p121、122)
なるほど。そう言われるとそういう気がする。
私なりにまとめますと、
「自分で言いたいことを考えて言う練習をする」
これをやらないといけないんですよね。ほんと深く同意します。特に意味カテゴリー云々のところですけど、伝統的にこういう活動があるじゃないですか。
「果物の中で何が一番好きですか」・・・ここで果物が数種類導入されたりします。それで覚えられないんですよね。私も今勉強している中国語でそういう練習の場面があったんですけど、果物の名前ほとんど覚えられませんでした。そのかわりやっぱ必要が出てくると一つ一つ覚えるんですよ。
最初に覚えたのは「りんご」だったと思いますが、それなぜ覚えたかと言うと、妻の充電器を買いに行ったからです。「これAppleの純正の商品ですか?」というのをとりあえず確認しなきゃいけなくて、そこですぐに「苹果」っていう単語を覚えたのでした。「果物の中で何が一番・・・」とか青臭い活動をやっていては覚えられましぇーん。
私のケース
さて、そんなこんな意図的語彙学習と付随的語彙学習について見てきましたが、もう少し実際に寄せてみましょう。
私は日本語教師と自称しながら、もう1年以上日本語の授業をやっていないんですけど、そのかわり自分の中国語学習をコーディネートするということで第二言語学習に関わっています(いや、そのほかでも関わっていますけど)。で、自分の学習を改めて振り返ってみると、まさにこの二つの学習をおこなっているな、と思ったわけです。
私は以前ツイートしたことあるんですが、HelloChineseという中国語学習アプリのヘビーユーザーです。
何度も言うけど、Hello Chineseという中国語学習アプリは素晴らしい。
— さくま しろう(佐久間司郎) (@shirogb250) March 11, 2023
何が素晴らしいかというと、聞く教材が大量にある。
月当たり1000円以上お金を払ってますが、その価値は十分にあります。https://t.co/5YsMhE93m2
で、上にも書いてますが、このアプリの素晴らしいところはレベル別に聞く教材が大量にあるんです(初級後半か中級前半までだと思いますが)。ポイントは「レベル別に」「大量に」という2点で、この2点があることで、付随的学習が効率よくなるんですね。
例えば私の場合一番下と下から二番目のレベルの教材だけが出るように設定して聞くと、それこそ95%ほど内容が理解できます。でいろいろなテーマで話されるので、「あ、前もこれ出てきたな」というのが結構あるんです。
つまりこの「レベル別に」「大量に」ある音声ファイルで、付属的語彙学習がそれだけで成立しています。
ただですね、これが軌道に乗ってきたな、と思うのは最近なんですよ。というのは私は中国語を初めて半年くらいなんですけど、それまではやはり一番レベルの低い音声ファイルでも、内容がよく理解できなかったからです。成果が出始めたのはやっぱり本書にもあるように95%の内容が理解できるようになってきてからなんじゃないかと思いました。
そして、あと私が日常的にやっているのはChatGPT氏を相手にした朝の報告です。朝PCを開いたら、大体三行作文なんかを添削してもらっています。これは意図的語彙学習ですよね。上でも言いましたが、「私が言いたいことを考えて言う練習」をしているわけです。
■AIにテキトー三行日記を添削してもらう〜ChatGPT先生
あとはテレビでニュースを見たりしていますが、これはあまり成果が感じられませんね。やはりそれは私にとっては難しすぎるからではないかと思います。字幕なども出ますからそれを頼りに大体どんなニュースからはわかりますが、字幕を見ても何がなんだかわからないこともあります。ニュースが意味を持つのはあと1年ほど学習を続けてからかなと考えています。
まとめ
というわけで、ここでは意図的語彙学習と付随的語彙学習について見てきました。
もしこれを読んでいるあなたが日本語学習者の学びをコーディネイトできる立場であれば(まあ日本語教師なら誰でも少なからずそういう面を持っているとは思いますが)、こういうことを念頭においた授業や授業外活動を設計するのが望ましいということですね。
意図的語彙学習はまあコントロールしやすいし、そのヒントはあちこちに転がっていると思います。問題は付随的語彙学習をどう食い込ませるかですよね。食い込ませやすいのはやはり「多読」的活動だと思います。
最近はレベル別になっていて、無料のものがたくさんありますからね。音声ファイルもあるし。でも多読の読み物ってどうしても面白くないんですよね(私の感想です)。私は上で言ったようにアプリを使って多聴活動を続けておりますが、それは「中国に住んでいるから」ということでモチベーションが保たれているとも考えています。
というわけで、その辺は皆さんも悩むところだとは思いますが、とにかくこういう付随的語彙学種などという用語を認識することで見えてくることもあると思いますので(私にとってもあなたにとっても)、とりあえず本で得た知識をシェアさせていただきました。
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■『学習者を支援する日本語指導法I 音声 語彙 読解 聴解』を読んだよ②