レビュー『広く弱くつながって生きる』

投稿者: | 2018年4月10日

むらログで紹介されており、Kindle版があったのですぐに購入しました。

「弱いつながり」の時代へ

結局この本は、「これからどのように仕事をしていくべきか」ということについて論じているものと言えます。以前は学校を卒業して就職してしまえば、定年まで一生会社が面倒を見てくれるという時代でした。「強いつながり」の時代です。それが日本の経済成長も停滞して、以前のような生き方ができなくなった今、働き方や生き方も変えていかなければなりません。そしてその新しい生き方働き方のひとつのキーワードが「広く弱いつながり」ということです。

そういえば同じようなことは岡田斗司夫氏も言っていました。 評価経済なんて言葉もありますよね。 岡田氏もこれからは一つのことだけやっていてはだめだ、仕事は30種類ぐらい持たなければ駄目だというようなことを言っていました。もちろんここでいう30種類というのは そのすべてが金になるものではありません。金になるものもならないものも含めて30種類ぐらいの活動をしていろんな人と付き合っていればいれば、どう転んでも生きられるというようなことでした。

佐々木氏や岡田氏が言うからではありませんが、 気づいてみたら私もいろんな活動を結構やっているんですね。まあ、金にならない活動です。そのうち金になることもないと思います。でも、この人達が書いていることを読んでみるとあながち自分のやってることも時代に逆行しているわけではないんだな、的外れなことやっているんではないんだなということが確認できます。

しかし、この本を読んだときも、岡田斗司夫氏の本を読んだときも思いました。我々のようなどこかの会社や組織に所属してお給料をもらっている人間と、フリーで執筆活動などをしているこれらの本の著者の方々とは基本的に異なるのではないか?と。著者はまずは簡単な副業から始めるとか、生活拠点を複数にしてみる(家を複数持つ)とか言っていますが、本業ですらアップアップの状態ですし、なかなか実現できるとは思えません。

でも、それはそうとしても、「つながり」の重要性はひしひしと感じます。

日本語教師と「つながり」

この度私の勤務校では新しく3名の日本人教員を採用しました。その3名とも既存の教員の知り合いなんですね。つまり学校の方から「誰かいい人いない?」というお声がかかり、既存の教員がそれぞれの知り合いを紹介したということです。これは韓国の一私大の話ですが、このような話は国や職場に関わらず、少なくないのではないでしょうか。

そもそも日本語教師というのは流動が多い仕事です。大卒でどこかの学校に入って、定年までその学校で勤め上げるというケースは稀でしょう。大抵は何度も学校を変わることになると思います。

学歴や経歴があって、実績がしっかりしている人は実力で公募にも引っかかるでしょうが、大抵の場合横並びだったりしますし、その他の条件が優先されることが多かったりします(海外だったらビザを既にもっているかなど)。その場合に決め手になるのはやはりコネ、紹介です。これを日頃から作っておくと取り敢えず食いっぱぐれはないということがあります。

以前同僚だった人は、日本語教育界内外に非常に多くのつながりを持っていました。お祭り男のような人で、いろいろなところに顔を出し、いろいろな人たちと付き合っていました。だからなかなか定着が難しい韓国の日本語教育界でも様々な学校を渡り歩いて、それこそ「食いっぱぐれ」はなかったようです。

この元同僚のように「人と会うこと」これが「つながり」を作る原点でしょう。でも、私はその元同僚を横目に見つつも、「あ~これは真似できないな」と思ったものでした。もちろんこの人のようにできればもっとも良いでしょう。この本の中でも同じようなことが述べられています。

でも、それができない日本語教師はどうすればいいでしょうか。私も試行錯誤ですが、常々思うことを次項に書きます。

自分のやっていることを発信する

日本語教師がこの業界内で弱いつながりを作ろうと思った場合、まずこれが最も有効だと思います。授業でも研究でも、自分が実際おこなっていることを発信することです。発信と言ってもさまざまです。自前のブログを運営するとかまでいかなくても、TwitterなりFacebookなりで十分だと思います。

ただ、「授業でこんなことやってる」「このサイトが役に立った」「こうすることで授業がうまくいった」そんな簡単なことでもいいと思います。

私は今では自分のやっていることを恥ずかしげもなくタラタラ書いていますが、最初は逡巡がありました。「こんな当たり前のこと書いていいんだろうか」「こんなことやっているとか言うと逆に馬鹿にされるんじゃないだろうか」と思い、最後まで書いた文章を投稿せずに消したこともあります。

しかし、今はよく分かるのですが「自分では当たり前だと思うことでも他人にとっては新情報である」場合というのはたくさんある、ということです。これはこの本の中でも書かれています。このようなことは往々にしてあります。

自分にとっては当然のことも、客観的に見ると非常に重要なスキルなのです。

以下は私がKahoot!について書いた記事です。私は誰かのKahoot!に関する投稿をSNSで読んで、初めてこれを知りました。それで「おもしろそう」と思っていろいろ使ってみて、それを文章にまとめてみました。その結果、結構これが地味に長くアクセス数を得ているんです。つまりKahoot!に関しては「既に知っている人」もいるし、「未だに知らない人」もたくさんいるということです。

また、仮に大多数の人が知っていることであったとしても、そういう実践を紹介することで、「一生懸命やる人である」という印象を世間に残すことができます。誰も「こんな当たり前のこと書くな」とは思いません。そして、その発信を通して、「つながり」が増えることもままあります。特に世の中の人は「教えてあげたがり」ですから、質問形式で発信すると誰かが教えてくれたりもします。

意外と人間は他者に厚意をみせてあげてもいいと思っているものです。

プライバシーの開示

そうやって「つながり」ができればしめたものです。ネット上だけの付き合いでも、付き合いを重ねていけばその人の人となりは大体わかってきます。この辺はネットが嫌いな人には過小評価される部分ですが、信用できそうかどうかは大体わかります。

またその上で本書でも言及されていましたが、ある程度私生活を見せることも良いと思います。

他者に信頼してほしいと思うのならば、ある程度はプライバシーを開示したほうがいい

私もFACEBOOKなどでは私生活の一部を投稿したりします。読んだ本の感想、家族とでかけたことなどは特に人に言うべきことでもないのですけど、そういうことを人は結構見ているものです。その場で反応がなくてもリアルで会ったときなどに「あそこ僕も行ったことがあるよ」とか「あの本おもしろいですよね」といった会話が成立することがあります。仕事とは関係ない一面を覗いてもらうことで、相手にいわゆる「とりつく島」を与えているということです。

また、Facebookはほとんど実名の人が多いですが、Twitterでは仮名の人が多いですね。私はほとんど全てのSNSで実名で登録をしています。これには理由はいくつかあるのですが、まずはやはりリアルの場面につながる「つながり」を見据えているから、ということ。それに加えて、無責任な発言をしないため、というのが大きいです。

女性は顔写真を公開したりすることで面倒なことも起こるかもしれませんが、私のようなおっさんの場合、今まで実名を出した上でのトラブルは皆無です。どうせ「つながり」を意識するなら実名でやるのがよいでしょう。

まとめ

以上、レビューとは言えないレビューを書いてしまいました。まあ、こんなの読んでも誰も得をしないと思いますが、せっかく書いたので上げておきます(と、いうことは上でも書きました。みんなスルーするだけですから)。

しかし、「自分のやっていることを発信する」というのは「つながり」に発展しなくても大事なことだと思います。まず不特定多数の人に見られる文章を書くということは、なかなか骨の折れる作業です。そして第三者に見られることを意識しつつ自分の実践を文章化することによって、何が足りないかを自分で感じることができます。それだけでも収穫といえるのではないでしょうか。そのうえ「広く弱いつながり」が得られれば言うことないですね。

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