日本語教師の個性

投稿者: | 2020年10月13日

最近はほんといい時代になったなあと思います。

TwitterとかFacebookのグループとかでは第一線で働く先達の先生方から直接指導も受けられますし、授業のアイディアなんかもみなさん惜しみなく提供してくれます。以前も日本語教師のコミュニティとかもあることはありましたが、今ほど活性化はしてなかったですよね。

みなさま、いつもありがとうございます。

おそらくこれをお読みの皆様も同じようなものだろうと思います。ネットで良さそうな授業案や方法論があればそれを真似てみる。よし、これで次の授業乗り切れそうだぞ!と思うこともあるでしょう。私もそうです。

ただ、時としてこういうことを思うことはないでしょうか。

私のオリジナルってなんなんだろう?

授業はうまくいったけど、これってただの真似っ子だよね?とか。今日は、日本語教師と個性・オリジナルということについてちょっと考えていきます。

恥ずかしい出来事

ちょっとだけ私のことを話します。

他責的な言い方になりますけど、私の世代(70年代後半生まれです)は「個性」という言葉に翻弄されてきたのではないかと思っています。とにかく、「人と同じはダメ」「人と同じは良くない」といったような価値観が横行していました。

それで「自分探し」で外国をふらついたり、「自分らしく」あるためにフリーターになっちゃったりするわけです。もちろんそんな時代の中でもちゃんとした人はそういった言説に惑わされず真面目に生きていたわけですから、必ずしも時代のせいにできないとは思いますが。

さて、途中経過は省略しますが、私は24歳のときに日本語教師という職につきました。その初めての職場で、今思えば恥ずかしくてフェイスからファイヤーが出るような出来事がありました。

それは先輩教師が私の指導をしてくれたときのことです。先輩はですね、私に「私の作った資料を見せてあげるから、それを参考にしてください」と先輩として正しいことを言いました。そしたら当時の私はなんといったでしょうか?

ありがたい申し出ですが、最初から人の作ったものを見てしまうと自分の個性がでないと思うんで、見ないようにします。

とそんな偉そうなことを言ってしまったのです。その後の私の転落ぶりは話すまでもないでしょう。馬鹿ですよね〜24歳の私。でも、恥をしのんで過去のことを話しただけあって、私がどのくらい「自分らしく」ということを間違って思い込んでいたのかがわかるエピソードを皆様に提供することができました。

真似っ子でも良いのだ

惰性で日本語教師を続け、辞める機会も逃し、28歳のときに結婚をしました。妻はすぐに長男を身ごもり、とりあえずこの業界でやっていこうと覚悟を決めました。

年齢的にいろいろなことに分別がつくようになってきたということもあるでしょう。とにかくこの業界で生き残っていくためには「スペックを上げること」と「良い授業をすること」であると考えました。

前者の方は、大学院を出ることや資格を取ることです。まあ資格は「日本語教育能力検定試験」くらいでしたけど、やっと取る気になりました。OPIなんかも本気で考えましたが諸事情により断念。大学院では修士や博士の学位をとること。それと研究論文を書くこともしました。この「スペックを上げる」ということ、これは大変でしたけど努力する方向性としてはわかりやすいですよね。

さて、問題は後者の「良い授業をする」という方です。やはり私のアイデンティティは日本語教師にありますから、授業を良くしないと意味がありません

そんなときに出会ったのがある日本語教育ブログです(もちろん私のブログタイトルに似たあのブログですよ)。そのブログに書かれている内容のほとんどはピンと来るものでしたから、それを全部鵜呑みにして、全部コピーするようにしました。そこで紹介されていることはほとんど全部吸収しようと務めました。小技から概念まで。

もし数年前の私だったらそんなことはしなかったはずです。だって「個性」が出ないじゃないですか(笑)。でも分別のつきつつあった私はその当時はもうその問題はクリアできていたのです。

今でもそう思っていますが日本語教師が第一に目指すものとしては、

目の前にいる学習者の日本語能力を少しでも上げる

努力をすることです。これができればどんな手を使ってもいいんです(著作権とか法律、道徳は守った方がいいと思いますが)。その授業のやり方にオリジナリティがあるとかないとか関係ないんですよね。私たちは芸術家ではないのですから、その授業が完コピでも、完全なる模倣でもそんなことは関係ないわけです。

やっと28歳にして、それがわかったのです(遅いよ)。

職業人としてのオリジナリティ

まあ、そんなことはこれをお読みの皆さんは弥生時代くらいにはもう気づいていたと思いますけど、私はそれが遅かったんですね(江戸時代末期くらいでしょうか)。

ただ、「個性」「オリジナリティ」に関わる問題で、ちょっとクリアできない部分も30代の私に出てきました。それが「授業のオリジナリティ」ではなく「職業人としてのオリジナリティ」ということです。

以前私は「働き方」「生き方」について書かれた啓発的な以下の本を読んで、「やはり身につけなければならないのはオリジナリティ」だと言いました。


私は職業人としての価値を上げるために「良い授業ができるようになろう」と思い、優秀な人々のコピーを始めました。それで授業のレベルの底上げはできたと思っています。それはそれでいいでしょう。

しかし、それを続けていては私の「一職業人としてのオリジナリティ」は出てきません。このオリジナリティというのは「さくまさんは〜に強い」とか「〜ならさくまさんだ」みたいなものです。他人のコピーをやっている以上、それ以上のオリジナリティは出てきません。まあそれに甘んじる、というのも一つの態度かもしれませんが、この問題についてはぐるぐると何回か頭を悩ましたことがあります。

それでも出てくるもの

実は、この問題についても私の内部ではクリアできているのですが、先日読んでいた本に私の考えを過不足なく説明してくれる文章がありましたので、その部分を紹介させていただきたいと思います。

養老孟司(2014)『自分の壁』新潮新書より。

日本の伝統芸能の世界は、そのことをよく示しています。入門した弟子は、まず徹底的に師匠の真似をさせられます。
「とにかく同じようにやれ」
その過程が10年、20年と続きます。
そんな風にしても師匠のクローンをつくることはできません。どこががどうしても違ってくる。その違いこそが、師匠の個性であり、また弟子の個性でもあります。徹底的に真似をすることから個性は生まれるのです。(p34)

プノンペン日本人学校の古本市で1000リエル(25円くらい)で買った本なんですが、いいこと書いてありました。そうなんです、個性は徹底的に真似をすることから生まれるのです。

みなさんは他人の作った資料や教材だけで授業をしたことがあるでしょうか?私は他人から資料や教材の提供を受けることはありますが、だいたい少し手を入れます。おそらくみなさんもそれは同じではないでしょうか。

仮に素晴らしい教案や授業の資料があったとしても、それをそのままおこなうのはなかなか難しいものです。以前の職場で私の作った資料に何の手も加えないで授業をしていたツワモノの先生がいましたが、それは普通少数派でしょう。

そのマイナーチェンジにその人の個性が出てくるのですね。

「本当の自分」は、徹底的に争ったあとにも残る。むしろ、そういう過程を経ないと見えてこないという面がある。(p34)

職業人としてのオリジナリティもそういうところから出てくるんだと思うんですよね。まずは先輩教師をよく観察して、しっかりコピーする。一挙手一投足まで真似てみる。そしてそれができるようになったときには、

あ、これが私のオリジナリティかも

というのが見えてくるんですね。ですから、修行の身のうちはオリジナリティは探さなくても良く、「コピーに徹する」で良いのではないかと思います。

まとめ

気づいたら、これって他の人やってないよね?

っていうのが個性なんじゃないかな、と思います。コピーを重ねることを続けて、マイナーチェンジを入れながらやっていたら、知らない間に私しかしていなかったとか、できていなかったとか。

もちろん「ニッチな分野を調べて参入する」とかそういうのもあるかもしれません。狙って、層の薄い分野に参入するとかそういうことですね。また天才的な能力がある人は始めから独歩的な道を歩むこともできるはずです。そういうのができる人はそうしたらいいと思います。

でも私を含めて大部分の凡庸な人々のオリジナリティはそのような基礎の積み重ねから生まれるものだと思います。情報がふんだんに得られて指導も受けられる現在、まずはいろいろなコピーを積み重ねて基礎的なレベルを上げていくことに注力したいと思います。

というわけで私も20代の頃に比べれば成長したと思っていますが、この文章を10年後に読んだらどう思うだろうか、というのも楽しみです。

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