日本語スピーチコンテストの審査方法について考える4

投稿者: | 2020年11月13日

↑からの続きです。最終回です。

採点方法について

さて、3回シリーズでスピーチ大会、弁論大会の順位付けの方法を考えてきましたがみなさんは、いかがお考えでしょうか。

3つの記事を注意深く読んだ方はもうおわかりでしょうが、実はこの一連の記事には2つの観点が同居しています。それは、

①採点をいかにするか
②順位付けをいかにするか

これはまったく別ものなんですね。①は「どのような項目をどのような基準で採点するか」という話で、②は「その採点をもとにどのように順位付けをするか」という話です。

①に関して言いますと、最初の記事で書きましたが、私はスピーチを分解するのはあまり意味がないのではないか?という立場をとっています。音声面は何点、内容は何点・・・合計何点です、というようなやり方のことです(もし日本語の発話の上手さを判定する大会であればそれもありだとは思いますが)。

まず主催者が「その大会における優勝者のあるべき姿、大会の目的」を先に提示し、「それに最も近い参加者を選んでください」という指示を審査員に出して施行するのはどうでしょうか。

スピーチの結果は、審査員がプロだから、シロートさんだからというのを超越しないといけないと思います(理想的には)。だからこそ、アクセントがどうだとか、論の構成がどうだとかではなく、「その大会の趣旨に最も近いスピーチはどれか」という観点で評価すべきだと思うんですよね。

「ビブリオバトル」のように「本のプレゼンを聞いて、どの本をもっとも読みたいと思ったか」というシンプルな基準で評価をおこなうのに似ていますね(何度もいいますが、もちろんその大会の存在理由が何であるかに評価基準を合わせるのは当然の話です)。

順位決定方法

その次に順位をどうつけるかの話になるんですが、これもどの方法をとっても一長一短です。というか、それぞれのきめ方にそれぞれの意味があります。それは前回のエントリーでご紹介した本にも書いてあります。

それぞれの投票方式には、それなりの「きめ方の論理」がある。さらに、それぞれの論理はそれを正当化するそれぞれの世界をもっている。異なった論理を異なった世界に押しつけると、とんでもない結果を出してしまっているのに、「公正な手続にしたがった結果だ」という錦の御旗で人々を沈黙させてしまうことになる。十分気をつけたいことである。(Kindleの位置No.870-873)

ですから、順位決定法は慎重に議論すべきかと思います。

ただし、その前にもっと重要なことが一つあります。それは

審査員の顔ぶれ

ではないでしょうか。

例えば、私が今まで参加した大会の審査員は中年男性が多い傾向があります。

ゲスト審査委員なんかは第一回の記事でも書きましたが「顔役」が多いのでどうしてもそうなってしまうんですね。

以前スピーチコンテストで勝つための方法、として私がある学生に言ったのは「中年男性に受けるようなことを書け」という極めて実践的なアドバイスですが、やっぱできることなら審査員もいろいろな人を揃えたいところですよね。

審査方法に限界がある分、審査員の方に多様性を持ちたいと考えます。性差、年代差など、わかりやすい部分は特にバラエティをもたせるべきだと思います。

まとめ

以上、4回に渡りスピーチ大会・弁論大会の審査の方法について書いてきました。最初の記事でも申し上げましたが、これは何らかの基準や、私の考えを提示するだけのもので、どの方法がもっとも良いということを論じるものではありません。

ですので、この記事が、みなさんが携わっている同種のイベント運営へのちょっとした刺激になればこれ幸いかと思います。

私もいろいろググってみるのですが、なかなかこういう問題について論じているものはなかったので。

では、みなさんごきげんよう。

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