レビュー『「ひらがな」で話す技術』

投稿者: | 2020年11月16日

職業柄、私は前で話すことが多いわけですけど、話すたびにいつも

話すの下手だな~

と思っていました。とは言いつつも「話すこと」のプライオリティが職業的にそんなに高いわけではないので、この問題は放置していました(授業はまた別カウントします)。セミナーでスピーカーを務めるなんていうのも年に数回ですからね。

そこで出会ったのがこの本。Twitterでどなたかが推薦されていたのを見て、いつかは読みたいと思っていたんですが、たまたまキンドルの日替わりセールに出ているのを発見し、すぐに購入しました。

西任暁子(2012)『「ひらがな」で話す技術』サンマーク出版

著者は、ラジオのDJとして活躍し、現在はスピーチコンサルタントをされているようです(そんな仕事があるんですね)。

「ひらがなで話す」とは?

まず、タイトルになっている「ひらがなで話す」という部分です。

わかりやすく話すために知っておくべき大原則。 それは、「人は〝ひらがな〟で話を聞いている」ということです。(Kindleの位置No.14-16)

私たちは日常生活でひらがな、カタカナ、漢字などの文字を扱いますが、音にその区別はありません。どんなに難しい漢字を使っても「憂鬱」というのは「ゆーうつ」としか聞こえないわけです。

ですから著者は、それを前提にした話し方の配慮が必要だ、と言っています。当然といえば当然ですが、じっくり考えたことがありませんでした。ただ、昔日本語の授業の最初でこういうことをよく言っていたな、と思い出しました。

日本語は文字は大変だけど、発音は非常に簡単です。ほとんどの音はみなさんの母語にもある音です。話すときには文字は関係ありません。音だけです。

日本語の授業の最初にそういうことを言っておいて「日本語はやさしい」ということを強調するという作戦でした。

音に表記は関係ないんですね。というか表記は関係ないからこそ表記を中心に考えて話してはいけないということです。

大切なのは、自分の話が「相手にどう聞こえているのか」を徹底的に考え抜くこと。「音」で聞いている相手の頭の中がどういう状態なのか、常に想像することなのです。(Kindleの位置No.31-33)

これは話すことだけに言えることではなくて、コミュニケ-ション全般に言えることですね。以前お世話になっているFBグループ「日本語コミュニティ」で、学習者の方から

「ひらがなでいいのに、表外字とか難しい漢字に変換する人はどう思いますか?」

という質問がありました。私はそれに対して、

「私は「誰に向けて書くか」によって、文章の書き方や、漢字の使い方は変わると思います。それは「話すとき」も同じです。相手が理解しているか、興味を持っているかを考えながら言葉を選び、話します。」

と回答しました。書いた後で「質問者の意図とは違う回答をしたかな?」とも思いましたが、それはそれとしてこの著者の方の言っていることとほぼ同じことを言っているのではないかと思います。

ひらがなで話すためのポイントは3つ上げられています。

①丸い言葉を使う 
②句読点をつけて話す 
③言葉の粒の大きさを変える

(Kindleの位置No.233-235)

これは話すときの基本でしょうね。もし気になる人がいたら読んでみてください(あんまり詳しく書きすぎてもあれなんで)。

「えー」を言わなくする方法

話す時のお役立ち情報満載のこの本なんですが、私がすぐに取り入れようと思ったのはこれ、「えー」を言わなくする方法です。

①「えー」を小声で言う
②「えー」を心の中で言う
③「えー」と言う代わりに息を吸う
(Kindleの位置No.975-977)

私もほんと多いんですよね、「えー」が。前から直したいと思っていました。たまたま今、研修会をオンラインで企画しており、ビデオを大量に作っているんですけど、途中からこれを意識してやってみました。

私は主に②の「「えー」を心のなかで言う」を取り入れているんですが、効果てきめんです。もちろん「あー」でも「うー」でも同じですね。

クセをやめたければ、「やめよう」と思うよりも、他の何かを「やろう」と思ったほうが近道です。(Kindleの位置No.992)

なるほど、これは素晴らしいまとめです。人類学的事実ですね。

ぐっと来た部分①

そのほか、私がハイライトした部分をいくつかご紹介します。

話すことは便を外に出すのと同じ排泄行為なのです。(Kindleの位置No.383-384)

これは鋭い指摘だと思います(上から目線でスンマセン)。私は、「話すのが下手」と言いましたが、それと同時に「話すのがそんなに好きじゃない」んですね。不安になるのは話が下手だからなのではなくて、やはり排泄行為だからなのでしょう。排泄行為だから、あまりにも自分が長くターンを取り続けると恥ずかしくなってしまうんでしょうね。

そして以下に続きます。

相手に伝わる話し方を考えると、残念ながら、話しているあなた自身が気持ちよくなればなるほど、話は伝わりません。気持ちいいのはあなただけ。相手は我慢して聞いてくれているのです。(Kindleの位置No.396-397)

なるほど。「気持ち良い」とは違いますが、例えばこれは「小言」に通じるところがあると思います。

私には二人の息子がいます。子どもたちに対して絶対に手を上げることはしませんが、小言を言ったり、お説教をすることはままあります。まあそんなに頻繁にではないですが、沸点を超えると、当該事項から派生して過去の出来事への非難にまで発展することが多いです。

怒られている方は、「しゅん」としているわけですが、私が饒舌になり批判が続けば続くほどそのテキストの意味は通じていないのではないか、という気がします。

おそらく息子たちは私の話す内容の半分も耳に入っていないでしょう。残るのは「怒られた」「小言を言われた」という事実だけでしょう。もし私が「怒っていることを伝えたい」というのであればそれは目的を達しているとは言えますが、「行動の内容を改善してほしい」と思うのであれば、もっと別の方法をとるべきですね。

ぐっと来た部分②

世界的ベストセラー小説『悪童日記』に関する記述です。

作者はハンガリー出身の女性作家、クリシュトーフ・アーゴタ。彼女は、母国語ではないフランス語で書いたので、「辞書で確認しながらでなければ正しい文章は書けなかった」と言います。その結果、この小説はフランス語の初心者でもわかるような簡単な言葉で書かれたのです。

実はわたしはこの作品は知らなかったのですが、非常に興味が出てきました。

母語でない言葉でも文学作品を書けるというのが一つ。また、その簡単な言葉で書かれたものがベストセラーになっているという点が一つ。

私は「入門書」と言われる本を読むのが好きなのですが、その入門書の入門具合も本によってバラバラです。もちろん「入門する層」をどこに設定するかによって変わってくるのでしょうけど、入門書を読んでも「さっぱり入門できなかった」と思うこともあります。

すぐれた入門書は、高校生でも読んで理解できるものでなくてはならないと思います(少なくとも普通に大学を出ている人に理解できないものは入門書とは言えないでしょう)。

ちょっと話は反れますが、私は昔、本を読むのが本当に嫌いでした。小学生のときは活字だけの本を読むなど苦痛でしかありませんでした。しかし中学3年生の時から急に活字だけの本を読むことが楽しくなったのです。

そして、今でも良く覚えているのですが、その時にはまったのが

三浦綾子。

三浦綾子といえば「氷点」などで有名ですが、そこで取り扱っているテーマは非常に難解なものです。とても中学生で消化できるようなものではありません。でも私は嬉々として地元の図書館に通い、三浦綾子の重い著作を読み続けたのでした(辛気臭い中学生ですよね)。

おそらく、三浦綾子の作品は「誰でも表層は理解できる」ワーディングだったのでしょう。でも扱っているテーマは非常に難解。「悪童日記」は読んでいませんが、その構造はそういうものであろうと想像できます(子供だましの作品で世界的ベストセラーになるわけがありませんから)。

話が反れましたが、結論は一つですね。

難しい言葉を使わなくても、難しいことを表現することはできる。もしその難しい言葉を使うことが、自分の知性を高めたりすることだと思っているのであればそれは改めた方がいい。(引用ではなく私の結論です)

ぐっと来た部分③

インタビューをしていて、歌手の井上陽水さんが「ずっと自分の声は好きじゃなかったんですよ」と言われた時は驚きました。(Kindleの位置No.1368-1369)

井上陽水がですよ!これはびっくり。ここから導出できるのは一つの結論です。著者も言っていますが、

単に聞き慣れていないから

録音された自分の声の違和感って誰でも感じますよね。私も例にもれず自分の声を聞くのが嫌でした。特に自分の録音された声を他人と一緒に聞くときには恥ずかしい気持ちでいっぱいでした。

でも他人にはいつもそう聞こえているんですよね。

だからこれは慣れるしかありません。今では私はなんとも思いません。いい声だとも思わないし、悪い声だとも思いません。

あと、「自分の顔」についても言えるのではないでしょうか。オンライン授業などでカメラをオフにしてしまうのはそういうのがあるのかもしれません。単に見慣れてないから。私などはそうでした。でもやはり「どうせみんなにはいつもこう見られているのだから」と暗示をかけることでだいぶ慣れてきました。

ただ、それでは説明できないこともあります。私などはあさヒゲを剃るときに鏡を見る程度なので、「自分の顔を見慣れていない」というのは理由になるかもしれません。でも、多くの女性は化粧するときなども時間が長いですし、途中で鏡をチェックすることも少なくないと思いますし、見慣れているはずなんですよね。ですので、「見慣れていないから」とは別の要素があるのかもしれませんね。

※ご存じの方、教えて下さい。だって、オフラインで合った時に顔をそむける人ってあまりいませんよね?

おわりに

以上、『「ひらがな」で話す技術』の簡単な感想文を書いてみました。あまり内容には深く入っていないので、読んでない方は何を言いたいのかわからないかもしれませんが、とにかく「話すこと」について考えるためのきっかけになる内容だと思います。

「話す技術」だけではなく、「話す」とはどういうことなのかという深い考察もあります。そして、これはまさに「高校生でも読める」本です。とてもおもしろい本です。

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