例えば、こういう実験があるじゃないですか。
Aグループの幼稚園児には「上手に出来たらご褒美をあげる」と言って、絵を描いてもらう。
B グループの幼稚園児にはご褒美をあげないで絵を描いてもらう。
それを数週間繰り返した後、A グループの子供にはご褒美をあげないことにしました。するとBグループの子供はいつもと同じように絵を描いて遊びましたが、Aグループの子は絵を描くことをしなくなりました。
この実験の結果から、自主的な行動に対してごほうびを与えると、内発的動機付けが損なわれる(キンドル位置439)という結論が導き出せます。
有名な話なので皆さんご存知かと思います。最近こういった実験とその結果を紹介した本を読みました↓。
池田貴将(2017)『図解 モチベーション大百科』サンクチュアリ出版
キーワードはモチベーションで、人はどういうことで意欲的になれるのかなれないのかという観点から色々な実験の結果を教えてくれます。聞いたことのある実験もあれば、初めて聞くような話もあったので、非常に興味深く読みました。ただ読みながらもずっと思っていたことは、
これ絶対忘れるぞ
ということです。一連の実験で得られた知見を、日本語教育現場でどのように活用できるのかメモっておこうと思います。トピックごとにいくつかの記事にしようかと思います。
自問式セルフトーク
被験者たちにアナグラムに取り組んでもらいます。
その直前の1分間、チームごとに違うことをしてもらいます。
Aチームの人は …「私はやる」と自分に言い聞かせる。I will.
Bチームの人は …「私はやるかな?」と自分に質問する。Will I?
(Kindleの位置No.363-371).
その結果、
Bチームの人はAチームの人より、平均して50%多く課題を解いた。
ということで、著者は
「はい、やります」という選択を、相手にチョイスさせることが重要なのです。
(Kindleの位置No.377-378)
と言っています。実験は自問ですけど、他の人が聞いても同じだと思います。要は、自分の口から「やります」「できます」と引き出すことが大事なんですよね。
これすごくよく分かりますよね。仕事をする時でも「いつまでにできそうですか」と聞かれて、「金曜日までには出来ると思います」と言ったら、その金曜日の締め切りを守らないといけない気分になるじゃないですか。もしそれが、「金曜日までにお願いします」と言われるのでは、結果は違ってくるかもしれません。
日本語教育現場だと宿題とかですかね。「これこれをやってください、やりなさい」より、選択肢を与えたりして「この中でできそうなものはどれ?」「いつぐらいまでにできそう?」というように相手に答えを言わせたらいいのだと思います。
よく考えたら学校教育でそんなこと全く聞かれたことないですよね。だからやらされ感が強いんでしょうか。
心理的リアクタンス
学生たちに「デンタルフロスを使った歯の手入れ」の効果について伝えます。
Aチーム「やった方がいいのですが、やりたくなければやらなくてもけっこうです」といったやさしい雰囲気で伝えます。
Bチーム「やった方がいいので、かならずやってください」といった威嚇的な雰囲気で伝えます。
結果Aチームの方がデンタルフロスを習慣づけることに対してはるかに高い意欲をしめした。
(Kindleの位置No.668-675)
これも上の実験結果と同じですよね。著者はこの実験結果を評して、
なにかをやってもらいたい時は、相手の自主性を重んじた方が、のぞむ結果が出やすい。
(Kindleの位置No.677-678)
と言っています。ただ、「宿題や自習なんかも相手の自主性に100%ゆだねる方がいい」と考えるのは早計なんじゃないかと思います。
例えばこの実験は、「歯の健康」についてですよね。おそらく世の中のほとんどの人は「歯が健康であることが望ましい」と考えているはずです。でも、日本語教育の現場では必ずしもみんな日本語が上手になりたいと考えているとは限りません。学校や機関によっては、必修科目として勉強している人もいるでしょう。
この結果が適用されるのは、歯の健康のように「高いモチベーションをある程度持っている」という場合ではないでしょうか。
そう考えると自主的な勉強をさせよう(矛盾する表現ですが)と思った場合には、学習者等の自律性やモチベーションの高さがどのぐらいあるかなどを見極める必要があるとは思います。
その上で、この前に紹介した自問式セルフトークとの組み合わせで考えていくのでは良いかと思います。
自律性の高い学習者には
→「やってもやらなくてもいいけど、やったら実力がつくと思うよ」これだけで十分。
ちょっと自律性の低い学習者には
→「これやったら実力がつくと思うけど、どう思う?」
非常に自律性の低い学習者には
→「こういう三つの方法があるけど、どれやる?」「いつまでにできそう?」
という感じでしょうかね?
導かれる服従
被験者である大学生をMRI(脳活動を測る装置)にかけた上で、下記のうちいずれかの行動を選んでもらいます。
1、報酬金を受け取る。
2、報酬金が増えるサイコロを転がす。
Aチームの被験者は…すぐに決めさせられる。
Bチームの被験者は…経済学者が「報酬を受け取って立ち去りなさい」と助言する。
(Kindleの位置No.1677-1682)
これ、どうなったかというと、
Aチーム → 意思決定する脳の中枢が活発になった。
Bチーム → 意思決定をする脳の中枢はほとんど活動しなかった。
つまり、
決断に際して、先にリーダーが助言をしてしまうと、思考機能を停止してしまう。
(Kindle の位置No.1689-1690)
学習者に何も考えさせずにやらせてはいけないということですよね。もちろん、学校の実績として合格者を出すとかそういうのが至上目的の場合は、とにかくいろいろやらせたらいいのかもしれませんが。
外国語学習の現場では、常に自分の外国語学習の目的を確認させて、そのためにはどうすればいいかを考えさせる必要がありますね。そのためにはやっぱり授業の内容や、課題やその他諸々に選択肢を盛り込むということが必要になるかもしれません。例えば、決められた宿題は出すけど、もっと自分がやりたいことがあればそれを出してもいいことにするとか。
ジャムの法則
スーパーの店頭でジャムを販売しました。
試食用として6種類のジャムを提供したところ、とても好評でした。
別の日には試食用に24種類のジャムを提供したところ、より多くの人が集まってきました。
結果
24種類の時は試食をした人の3%、6種類の時は試食をした人の30%がジャムを買った。
この実験の結果が指し示すところは理解しやすいですよね。選択の幅が広がると選ぶのが難しくなるということです。その後詳細な記述はないんですけれども、選択肢は増えても5、6個までに制限しましょうということが書かれています。
ですから何か宿題を出したり、教室活動を行う場合でも、オプションは示した方がいいんですよね。
そういえば今思い出しました。自分が好きな動画ファイルを使ってシャドーイングをしようという活動をしたことがありました。決められる人はすぐに決められるけど、決められない人は本当に時間がかかるんですよね。一応決められない人のために、決めるための指針みたいのは出しておいたんですが。
まとめ
というわけで最近読んだ本、 池田貴将(2017)『図解 モチベーション大百科』サンクチュアリ出版 の中から、何かを「やること」の決断に関係のある実験の結果をいくつか紹介しました。
まとめると、
・本人の口から「やる」ということを言わせる。
・「やる」決定権は本人にあるように見せかける
・なぜその行動を「やる」べきかを本人に考えさせる。
・「やる」ことの選択肢は5個前後に収める。
となりますでしょうか。この本を下敷きにした記事は、もうちょっと続きます。
続きはこちら↓
■行動心理学の実験結果を日本語教育場面で考えてみる(2) 取り掛かりを容易に
この国の日本語学習者にはあまりないですが、第二外国語として日本語でも選ぶか、と思って日本語を選んだ学生、この国では本当は別な言語を専攻したかった(または別な専門の大学へ行きたかった)が奨学金の関係で日本語になった、というような学生がいます。もともとの各学生が持っているモチベーションとの関連をどうとらえていくか、参考になりました。また、本人の能力を超える課題を与えると(教育の場では与えざるをえないことも多いのですが、)本人の学習意欲がいくらあっても課題遂行にはつながらないながらない問題、つまり落ちこぼれ、落ちこぼしをどう救うか、すでにおちこぼれてしまっているが、学生に意欲が残っている場合もけっこうあり、そういう学生を救える課題の出し方の悩みには、このセオリーをどうつかったらいいか考えているところです。学習者の立場としての自分の経験にもそういうものは多々ありますが、その課題を遂行できたものはまりないのが現実です。(学習意欲はあるのに成果があがらないものの例 クメール語学習! オンライン教授法 切実です!(笑い)
コメントありがとうございます。
そうですね、しかし、どう考えても結局本人のモチベーションがないとどうにもならないことも多いですよね。
おそらく、全体の何割かは教師がどのようにかかわっても学習意欲がわかないと思います。
でも何割かは教師のかかわり方次第でモチベーションが変わってくると思います。
教師としては、それを信じてやるしかないですよね~