兄弟姉妹呼称のシステム?

投稿者: | 2020年6月5日

今月も#日本語教師チャットに参加しています。

今回の課題図書は石黒圭(2013)『日本語は「空気」が決める〜社会言語学入門』光文社です。久しぶりに言語教育ど真ん中の本が来ました。興味深く読み進めていてます。

本についての全体の感想はまた今度書くとして、今日整理しておきたいのはこの部分です(すみません、私は自分の中で考えを整理するためにブログを書いている面があります。それにお付き合いくださり、まことにありがとうございます)。私はずっとこの兄弟姉妹の呼称について興味を持っていました。

 英語を初めてならったときの新鮮な驚きは、brotherやsisterのところで考えたように、年齢差を気にしない一方、性差を気にするというところでしょう。日本語の場合、相手が男性でも女性でも「様」をつければ大丈夫ですが、英語の場合、Mr.とMs.の区別をしなければなりません。。 (Kindle Locations 2226-2229)

日本語の場合

日本語で兄弟姉妹を呼ぶ場合、使う言葉は「兄」「弟」「姉」「妹」の4つです。もちろん呼びかける時には「お兄ちゃん~」とかそういう呼称を使いますが、ここではそれはひとまずおいときます。

とにかく日本語の兄弟姉妹呼称の場合、重要になってくるのは、「年の上下」と
「性」です。この2つで、その人を「兄」と呼ぶか、「妹」と呼ぶかが決まります。

あまりにも当然の話ですみません。でも世界の言語を見ていくと、それは当然でもないんですよね。

英語の場合

英語の場合は、ブラザーとシスターがまず思い浮かびますよね。そして、上で著者の石黒氏も言っている通り、英語の兄弟姉妹の呼称で基準となるのは「性」だけです。

年の上下は関係ありません。

いや待て待て、「ヤンガーブラザーとかそういうのもあるではないか」という声もあろうかと思いますが、それは2つの語をつけたものであって、そういう表現が可能だからといって「弟」にあたる呼称がある、という言うことはできません。

韓国語の場合

韓国語の場合は少し複雑になります。兄弟姉妹呼称には「ヒョン」「オンニ」「オッパ」「ヌナ」「トンセン」などがありますが、それを決める基準は「性」と「年の上下」です。

おいおい、なら日本語と同じじゃないか、という向きもあろうかと思いますが、韓国語の場合は「性」に二種類の割当をしないといけません。すなわち「呼ぶ人の性」「呼ばれる人の性」。この2つによって、呼び方が変わってきます。

ヒョン → 呼ぶ人が男、呼ばれる人が男、年上
オンニ → 呼ぶ人が女、呼ばれる人が女、年上
オッパ → 呼ぶ人が女、呼ばれる人が男、年上
ヌナ  → 呼ぶ人が男、呼ばれる人が女、年上

例えば上から男男女の3人きょうだいがいるとします。一番上の男を、二番目の男が呼ぶ場合には「ヒョン」になり、末っ子の女が呼ぶ場合には「オッパ」になります。

すんごい複雑ですよね。つまり呼び方を決める要素が3つあるわけです。「呼ぶ人の性」「呼ばれる人の性」「年の上下」。

次に年下を呼ぶ場合なんですが、これはあっさりしているんです。呼ぶ方の性も、呼ばれる方の性も関係ありません。ただ「トンセン」です。前に「ナム(男)」や「ヨ(女)」をつけて「ナムドンセン」「ヨドンセン」とすれば「弟」「妹」を表現することはできますが、基本的に一語で「弟」、「妹」を呼ぶ言葉はありません。

まとめますと、韓国語の兄弟姉妹呼称は、年上を呼ぶ場合には2つの「性」を考えなければならないが、年下を呼ぶ場合には「性」は関係ない、ということです。

クメール語の場合

クメール語は、あんまり自信がないので、間違っていたら指摘してもらいたいのですが(というエクスキューズを最初につけておきます)、これもまたここまで見た言語と違うようです。

基準要素となるのは「年」だけのようです。すなわち「兄姉」は「ボーン」と呼び、「弟妹」は「プオーン」と呼びます。もちろんその後ろに「プロ(男)」や「スライ(女)」を後ろにつける(クメール語は後置修飾)ことによって、「兄」「妹」を指定することはできますが、「兄」「妹」のような一語の単語はありません。

考察

まとめてみましょう。4つの言語の兄弟姉妹呼称を決める際の要素は以下のようになります。

日本語…「年の上下」「呼ばれる人の性」
英語……「呼ばれる人の性」
韓国語…「呼ぶ人の性」「呼ばれる人の性」「年の上下」
クメール語…「年の上下」

これは、その言語が成立する過程において何を重視していたかと見ることができるでしょう。あまりに単純な図式なので必ずしもそうとは言えませんが、英語は「年の上下」は関係を規定する上であまり重要ではないと考えた、と見ることができますし、反面クメール語は「長幼の序」を性差よりも重要視していた、などと言うこともできるかもしれません

日本語に慣れている私たちにとってみれば「日本語のシステムが楽じゃない?」と思うかもしれませんが、呼称が分化して、良いこともあれば悪いこともあります

分化していればいるほど良いことは、少ない言葉で正しい情報が得られるということです。

例えば誰かが「うちの兄が」といえば、「その人物は話している本人よりも年上で性別も男である」という情報までわかります。韓国語ならなおさらで、例えばテキストだけのやり取りをしていても「うちのヒョン(兄)が」と言えば、「その言葉を発している人は男である」という情報までも手に入るということです。

逆に未分化だと良いこともあります。

韓国語は年下の呼称は未分化である(男でも女でも「トンセン」だけ)ということを言いましたが、これを利用して情報を伏せることが可能です(意図的かどうかは別として)。

こんな場面を想像してください。ある恋人同士の男女が話をしています。

男「ごめん、明日は会えない」
女「ええ?どうして?」
男「明日はトンセンと一緒にサッカーをする約束があるから。うちのトンセンは本当にサッカーが好きでね。週末は一緒にサッカーをしてからご飯を食べに行くことになっているんだ」

で、翌日。女は男が知らない女と食事をしているのを見かけました。後日問い詰めます。

女「あんた、トンセンとサッカーするっていったのに他の女といたじゃない?」
男「ああ、見てたの?一緒にいたのがトンセン(妹)だよ(嘘)」

という必殺技が可能なのです。この男は何一つ嘘をついていないのです(ついてるけど)。つまり、韓国語では性別を指定しないで「年下のきょうだい」を指すことが可能なのです。

これは日本語では絶対にできない芸当です。日本語では性別を指定しないで、兄弟を呼ぶことは不可能です。もちろん年の上下指定しないことも不可能です。でも、呼称が未分化だと、そういうことが可能になるんですね(まあ、それが利点かどうかはよくわかりませんが)。

まとめ

さて、私が少しでも知っている4つの言語の兄弟姉妹呼称について見てきました(なんどもいうけど、間違ってたら許してね)。その4つだけを見ても、兄弟姉妹を指定するときの決定要素は全部違うのです。

ちょっとネットで調べたら、自分から何番上かで呼び方が変わるみたいな私の想像を絶する言語もあるようです。こういったことをしっかりと研究している人もいるでしょうし、まとまった成果も出ているとは思いますが、前から気になっていたのを個人的にまとめてみました。

特に私が知りたいのは、なぜ韓国語が年上の呼び方についてはかなり分化しているのに、年下の呼び方は未分化なのかということに対する合理的説明なんですが、知っている人がいたら教えて下さい。

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