日本語教師の未来は個別対応⁉

投稿者: | 2021年4月19日

以前、2021中東・北アフリカ日本語教育シンポジウムで発表してきた、という記事を書きました。

「アウトプットに焦点を当てたオンライン授業の実践報告」と「2021中東・北アフリカ日本語教育シンポジウム」

それとは別に今日はメインのワークショップのことについて少し書こうと思います。1日目は基調講演で、2日目はワークショップですね。その様子はYoutubeで公開されていますので、気になる方はご覧ください。

日本語教師の未来

私はワークショップには参加できず、音声で後追いで聞いていたんですが、興味深い話でした。詳しくは↑の動画をみてもらうとして、「日本語教師の未来」について藤本先生が語った部分です。19分40秒くらいからですね。

アンバンドルという見慣れない単語がありますが、ここでおっしゃっていることは、

例えばすごくいいコンテンツができたとき、例えば学習者が超自律的になったとき、教師の仕事ってどうなるの?

っていうことでした。確かにそうですよね。産業革命が進んで労働者が要らなくなってラッダイト運動が起きたように、我々の業界でもそれが進むことは考えられます。っていうか、もうすでに進んでいますよね?

確かに、「日本語教師」というカテゴリーではまだまだマンパワーとしての教師は有用かもしれませんが、例えばセミナーの講師とか見てそう思いませんか。

このシンポジウムの基調講演もそうですよね。必要とあれば、その分野のトップランナーを簡単に呼べるようになったんです。それは逆を言えば、トップランナーじゃない人は洋梨、じゃなくて用なしとなる、ということです。

ICTがテーマなら、「餅は餅屋である。藤本先生に来てもらおうとか、冒険家の先生に来てもらおう」それで終わりです。

私も最近カンボジアで多読のセミナーを主催したんですが、その時はNPO多言語多読の代表である粟野先生に来ていただきました。当初は多読をやってる先輩なんかにちょっと打診してみたりしたんですけど、「それだったら本家の先生にやってもらった方がいい」ということになったんですよね。

そうやって、有名どころや一流の先生に来てもらえるのは大変うれしいことですけど、それ以外のプレイヤーにとってはなかなか難しい世の中になっていくのかな、という感じがしています。

今はまだそれが「セミナーの講師」だけかもしれませんが、このワークショップで藤本先生もおっしゃっているように、オンラインなら「東京で授業を終えた後に大阪の授業も担当できる」わけですよね。そうなってくると、やはり精進の足りない私のような人間は少しずつ洋梨、じゃなくて用なしになっていくわけです。

オンリーワンになる?

となると、生き残る方法は一つしかありません。自分の特技を極めるということです。例えば、「ICTを使った日本語教育」というくくりでトップランナーになるのは難しいかもしれませんが、例えば「●●にむっちゃ詳しい」とか、よくわかりませんが一つだけ秀でた部分があればその分野でのトップランナーになれるかもしれません。

そういうことで冒険家の先生がやっているのが「行動中心アプローチで授業を作る」というようなことですよね(登録し損ねました)。ニッチなニーズでも世界中に潜在的な学習者がいるのであれば、それはそれで授業が成り立っていくということです。自分がその道の第一人者なわけですから。

でも、横山やすし西川きよし、じゃなくて言うは易し行うは難しですよ。

なかなかオンリーワンになるのも難しいものです。そんな半端な私たちは何を目指して仕事をしていけばよいのでしょうか。そのうちラッダイト運動に参加しなければならないかもしれません。全国のWIFI中継所を壊して回ったりして。

多分個人対応はなくならない

しかしですね、まあシンポジウムで基調講演ができるほどの人間にはなれなくても、細々と命をつないでいければそれはそれで良いですよね(志が低くてすまない)。で、今日の結論を一つ先に言いますけど、技術革新が進んで(セミナー講師のように)淘汰される人がいるとしても、日本語教育における個別対応はなくならないんじゃないか、ということです。

日本語教育に限らず最近以下のような主張をよく目にします。

「日本で一番授業がうまい人がビデオをとって、それを全国の学生が見ればよい。で、それぞれのクラスの教師は授業はしない代わりに学生の個別ケアに回ればよろしい」

もし「ビデオ上で授業をする側」に回ろうと思ったらそれは席に限りもあるとは思うんですが、それと同時に個別ケアをする先生の必要性は認めているんですよね。

だったら、私たちのような普通の教師は個別ケア能力を高めたらいいんじゃないかなと思うんですよね。

ちょっと前にカンボジアの日本語教育関係者を相手に自律学習型のセミナーをしました。私が作ったビデオを見て、参加者は課題を提出する。その過程でわからなかったことは私と個人面談で話をして解決をする、という体裁です。

「GoogleSlidesで教材を作ろう」研修会まとめ(1/2)

はじめてそういうのをやったんですが、私が思ったより個人面談の時間がめちゃくちゃ長くなるんですよね。それはどういうことかというと、それだけ個人ケアを必要とする人が多いということです。

私としては、もちろん「ここは難しいだろう」とか「つまづきそうだな」というところは事前に考えて丁寧にビデオを作ったつもりです。それでも私の想像を絶するような質問などが出るわけです。もちろん反対に、ほとんど相談することがないという人もいます。

つまり、私が言いたいことは、どんなに優れた教材が出ようとも個別ケアを必要とする人は必ずいる、ということなんですよね(であってほしい…)。

個別ケアスキルとは?

で、だったらその個別ケアスキルってなんだろう、ということになるかと思うんですが、結局のところ回りまわってそれは日本語教師として求められている全てなんですよね。

「この部分がよくわかりません」という質問に対応するためには文法の知識が必要になりますし、「こういう目的を達成したいんでけど家でどんな勉強すればいいですか」と言われたら学習法についての見識も必要になります。「モチベーションが下がった学生」への対応にはコーチング的な素養も必要でしょうし、「話す練習が足りない」という学生にはその場を紹介したりする人脈なども必要になるでしょう。

つまり総合的な日本語教師的能力を上げること。

えーそれが答えなんすか。という方もいると思いますが、そうです、私にはそれくらいしかできません。つまり目の前にある仕事を一つ一つこなす。そして気が付いたら得意分野が身についていたらいいですね、ということくらい。

あと、やはり個別ケアスキルを向上させるには人当たりをよくする、ってことも大事かもしれませんね。ソフトな方が個別相談しやすいじゃないですか。本人がハードかソフトかは別として、仕事ではソフトに?どうでしょうか。私の提案。

残された道

で、結局アンバンドル化?が進んだとしたら

1.オンリーワンの教師になる
2.個別ケア教師になる
3.ラッダイト運動に参加する

ざっくりと三つの道があるわけですが、常識的に最初っから1の「オンリーワンの教師になれる」ような人はいないわけですから、1の道に行きたくてもまずはそれぞれの場所でちゃんと精進する必要がありますね。その中でオンリーワン的な道を見つけていって、うまくいけば万々歳、だめならまあしょうがない。

その上でやはり世界はどうなってるのかな、とこそこそ周りを見ながら仕事をすることも大事ですよね。前や周りをちゃんと見ながら。どんな業界でも同じことだと思いますし、とにかく結論としては、

今できることをちゃんとしよう(まわりを見つつ)

ということですね。当たり前の話をしてすみません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です