最近また「ラジオ版学問ノススメ」の購読を再開しました。いい声の蒲田健さんがインタビュワーで、直近に発売された本の著者をゲストとして迎えます。その本について、著者についてのあれこれを語ってもらうという番組です。
本の販促という面が大きいとは思いますが、意図はどうあれ毎週いろいろなジャンルの本が紹介されていて非常におもしろいです。中には全然興味のないジャンルの本の著者も登場しますが、対談がつまらないということはあんまりありません(最近は大竹まことのラジオも聞いていますが、出版された本の著者との対談はあまり外れがないな、と思います)。
Noteでは完全版の音声を1回分100円で購入できるのですが、毎月300円払うと一月分(4回か5回分)聞くことができます。この金額でこのくらいのクオリティなら安いと思います。最近早朝の運動を再開したこともあって、2年ぶりくらいに購読をはじめました。
町田樹さん
今回私がびびっと来たのは、↓の町田樹氏の話でした。
🔳http://町田樹さん「ラジオ版学問ノススメ スペシャルエディション」
ファンの方には申し訳ないんですが、私はこの人を知りませんでした。どうやら人気のあったフィギュアスケーターのようで、現役を引退後、研究活動に勤しんでいらっしゃるようです。
「アーティスティックスポーツ研究」と言って、あまり一般的な言葉ではないそうなのですが、要は「芸術的側面があって音楽とともにおこなうようなスポーツ」、つまりフィギュアスケートとか、新体操とか、チアリーディングのようなスポーツの研究をされているようです。
まあ、研究内容を紹介するのがこの記事の目的ではないので、その辺で気になるところがあればググってみてください。
ジャンル間転送
アーティスティックスポーツと全く縁のない私なんですが、ラジオの内容は全編に渡り非常に興味深く聴きました。特にその中でも「むむ」と思ったのが、
ジャンル間転送
という概念です。略して「転送」とも言うそうです。もしかして一般的な術語なのかと思ってググってみましたが、「転送」は「電話やメールの転送」「転送サービス(海外に荷物を送ってくれるのとか)」などがひっかかるだけでした。「町田樹 転送」とググると目当ての意味でヒットするので、おそらく町田氏が作った用語だと思われます。
例えばフィギュアスケートを見に行きますよね。そうしたら競技の時に音楽がかかっています。その音楽が素晴らしい、と思ったら「曲名なんだっけ?」と調べますよね。気に入れば音源を購入したりもするでしょうし、同じ作曲家の別の作品を聞いてみたりもします。それがジャンル間転送なんですね。一言でいうと
二次的な芸術の消費行動
ということですが、アーティスティックスポーツには結構それが多いらしいです。フィギュアスケートの元ネタがバレエだったりすると、フィギュアファンがバレエを見に行ったりしてバレエファンになるとか。
フィギュアからバレエへの転送はインパクトがそれほど大きなものでもないかもしれませんが、それが音楽や映画、演劇、美術、文学への転送と幅が広がっていくと、経済効果も半端なくなりますよね。町田氏の研究の文脈では、そういう転送のネットワークを生かして経済活動とか、敎育活動とかに当てはめていこう?だったかな。その辺は忘れましたが。
これに類似する話は他のラジオでも聞いたことがあります。
日本の伝統芸能あるじゃないですか。あれって結構つながりがあるんですよね。入り口は落語だったんだけど、その落語に出てくる話は実は文楽が元ネタで、文楽と歌舞伎はどうのこうので…みたいなネットワークがあって一度伝統芸能にはまるとジャンル間のスライドが起こるんだよね、みたいな話でした。
このラジオでは確か「ジャンル間スライド」と言っており、町田氏は「ジャンル間転送」と表現しています。どちらも同じものを指すとは思うのですが、私は「転送」という言葉の方にぐっと来ました。
「おいおい、そんなの名前が目新しいだけで普通じゃないの?」という意見もございましょうが、
はい、そうです。普通です。
我々は、意識せずによくジャンル間転送をやってますよね。村上春樹の小説を読んだらオシャンティな音楽がたくさん出てきますが、それがどんなものなんだろうかと検索したことのある人は少なくないでしょう。村上春樹を気取ってありあわせの野菜でパスタを作ったり、よくわからんカクテルをバーで注文したりした人もいるでしょう。
私事でいいますと、むかしむかしはインラインスケートなんか一生懸命やっていましたが、そこから転送して冬場はファンスキー(普通のスキーよりかなり短く、杖を持たずに滑るもの)などをやっていたこともあります。動きが近いんですよね。そういえばエクストリームスポーツにおけるジャンル間転送は結構ありそうですね。
だから概念としては別に新しいものじゃないんですけど、町田氏の偉いところはそれを「ジャンル間転送」という耳障りのよい用語として発表したところにあると思います。用語が定着すると、その概念の広がりも加速します。意識的にジャンル間転送を念頭においておこなわれる活動が増えるのではないかと思います。
ちなみにツイッターでは「#町田樹からの転送現象」というタグが見られます。大体はファンが好んで使っていると思うのですが、特にファンは「転送」ということを意識しながらアーティスティックスポーツに接するのではないでしょうか。
日本語と転送
で、私が書いているのは日本語教育ブログでした。日本語との関わりも書いておかないと、記事をしめられませんね。日本語学習は芸術活動とは違いますが、ジャンル間転送の定義をもう少し広めて考えると、いろいろな活動にこの概念を適用させることが可能だと思います。
そもそも日本語は「転送されてくる先」であることが多いでしょう。アニメやドラマ、Jpopなどのサブカルチャーからの転送としての日本語ですね。でも転送をもう少し活気づけるためには「日本語からの転送」も意識してもいいかもしれません
そう考えると私は何も意識してこなかったな~と思います。よく「日本文化の授業」ってあるじゃないですか。あれが苦手なんですよね。あと、日本語の授業の合間にある「筆休め」的な文化紹介とか。あれって結構ニーズはあったりするんですけど、私自身が言語の授業を受ける時は言語にフォーカスしてほしいと思うので、どうもその辺にちからを入れられないんですよね。私はただの「言語教師」でしかないんですよね。
でも「日本語からの転送」がうまく行けば相乗効果で日本語自体の興味も上がっっていくとおもうので、ちょっとこれからは大事にしていきたいと思います(という教科書的なまとめ)。
そういえば日本語教育関係者と話しをすると「日本語学習の出口を作る」という言葉がよく出てくるんですが、これもある意味転送ですね。
あ、そうそう、文化で思いましたけど、数年前に超暇だった時に学習者向けの「授業では教えてくれない日本戦後文化史」動画を作ろうと画策していたことがあります。よく覚えていないんですけど、最初のネタは「不良文化」でした。髪型、服装、行動形態、ツッコミどころ満載じゃないですか。それを50年代からずっと10年刻みでさかのぼってきてエグザイルに着地するか、とか考えていたのでした(やさしい日本語でね)。
あ、まあそれと転送はまた別かもしれませんがね。
「日本語教師」というジャンルでいうと、Twitterのタイムライン上では転送を意識した活動をされている方はたくさんいると思います。最近では「講談」とか「人狼ゲーム」とか一見あんまり直接的に日本語敎育には関係なさそうな分野と橋渡しをして、それが敎育にちゃんと還元されていそうな感じが傍目にもします。
手垢のついた表現ですが、アンテナ貼ってないとあかんな~と思ったりもする日々です。いや、アンテナじゃないな、おそらく転送はもっと根源的な興味から起こるんですよね。私のようなあんまり何にも興味を持たないクールガイは、厳しいなと思いますが、とにかくここ数日クールガイの私が最も興味を持ったのが、「ジャンル間転送」という用語と概念でした。
まとめ
というわけで「ジャンル間転送」という用語についてご紹介いたしました。
このラジオ学問ノススメはほんとおもしろいです。今日の本も絶対自分の興味だけで探したら手にしない類の本ですからね。進行の蒲田氏も人当たりがよく、しかも質問の仕方がうまいんです。この人もそうとうな人だと思うんですが、ちゃんとゲストを持ち上げるんですよね。素晴らしいと思います。
私、妹がいるんですが、若い頃カメラをやっていました。専門学校なんかにも通って、かなり力を入れて写真を撮っていました。就職も東京のスタジオでした。関西からはるばる上京したのです。そのとき妹が言っていた将来の夢が「徹子の部屋に出ること」でした。
「お前が有名になるまで番組続いているかな?」と言ったら「もし終わっていたら情熱大陸でもいい」と言っていました。結局カメラはやめてしまったので徹子の部屋にも、情熱大陸にも出ることはなくなりましたが、その妹の心意気は素晴らしいと思いました。
もし、自分だったら「ラジオ版学問ノススメ」に出て、蒲田さんにいい声でいろいろ聞かれたいな~と思うのですが、そのためにはなんか本を出さないといけませんね。そんなことを最近考えています。
さて、町田さんの博士論文を本にしたもの、つまりこのラジオのもとになった本は「ジャンル間転送」以外にも興味深い話がいくつかありまして、フィギュアは知らんけどこの本は読んでみたい!と思いました。で、調べてみたら、「電子書籍はなし」ということで購入を諦めました。残念です。
今は電子版が出ていますね↓
町田樹(2020)『アーティスティックスポーツ研究序説:フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論 』白水社