日本語教育とは全然カンケーないんですけど、こんな本を読んでいます。
稲田俊輔(2019)『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』扶桑社
時々こういう本を読みたくなるんですよね。まだ途中ですけど非常におもしろいです。
私は飲食業界の人間でもないし、日本にも住んでいないし、味覚も他人に比べて著しく劣っています。だいたい食べるものはなんでもおいしいです。
赤面した夜
いや、今日は本の紹介ではないのです(しかしファミレスをいろいろと見直しました)。
この本を読んでいたら、このような文章が出てきました。
私は突然フレンチが食べたくなりました。決してしゃれた高級フレンチというわけではありません。いわゆるビストロ的なざっかけない、でもパワフルな料理の数々が脳裏に浮かびます。
ふと読み間違えたのかな、と思いもう一度読んでみましたが、やはり
ざっかけない
と書いてありました。なにそれ、初めて見たと思い辞書をひきます(検索ですけど)。グーグル先生によると↓のような意味らしいです。

一人赤面してしまいました。というのはですね、私は同年代の日本国籍の人間を無作為で抽出してその読書量を調べた場合、その平均よりは本を読んでいる部類に入ると思いますが、本を読んでいると読めない漢字、知らない漢字というのは結構普通に出てきます。自分が漢字に強いとも思いませんし、まあ読めなくてもだいたい文脈で意味はわかるから、読み方を調べないこともままあります。
しかし、和語に未知の単語があることはほとんどないです。あったとしても専門的な用法か、方言ですね。あ、他の辞書によるとこの「ざっかけない」も東京の方言のようですので、西の港町、神戸出身の私にはわからなくてもしょうがないかもしれません。
しかしですね、この言葉の出どころは飲食店業界のことを書いた新書ですよ。ここは特に方言を使うべきところでもありませんし、わざとその言葉を選んだということも考えにくいです。ということは、
私が知らないだけ?
という可能性も高いと思いました。それで一人赤面したのです。
みんなに聞いてみた
「なんでそんな常識的な単語を聞くの?」という嘲笑を受けるかもしれないリスクを顧みず、私はTwitterで皆様に聞いてみました。
「ざっかけない」という言葉を初めて聞きました。みなさんの認識はどの程度でしょうか?
— さくま しろう(佐久間司郎) (@shirogb250) October 16, 2020
84名の皆様、ありがとうございました。しかし「ざっかけない」を知っている人は84名中、3名しかいませんでした。ということは、私が知らなくても無理のない言葉だということがわかります。もちろん数字ではわかりませんが、私のフォロワーの多くは日本語教育関係者だと思いますし、少なくとも日本語への関心は無作為抽出された84名よりは高いと考えられます。その中で3名ですからね。
ほっと胸を撫で下ろしました。しかも今日からは私にとっても「理解語彙」ですから。
苦い経験
私が「この言葉はどれだけ認知されているのだろうか?」ということになぜそれほど執着するか、といいますと、それはやはり日本語教師だからだと言えるでしょう。
私には苦い経験があります。
まだ20代の駆け出しの頃、学生の一人が、「私は毎日6時に退勤します」と言ったんですね。そして私は「退勤より退社の方がいいのではないか」と言ってしまったのです。何の迷いもなく。
当時の私には「退勤」という言葉があまり耳慣れてなかったのです。そして「退社のほうが一般的によく使う」と言ってしまいました(わ~ホールがあったらエンターしたいほど恥ずかしいです)。
もちろん退勤と退社は別の言葉で、守備範囲も違うのでそれぞれに合ったつかい方をするべきですけど、「会社から帰る」ときの意味で使うのであれば、「退社」でも「退勤」でもどちらでもいいわけで、「退勤」と言ったからといってそれを指摘するのは日本語教師の振る舞いとしてはダメ出しされておかしくないところです。
つまり私は日本語教師としては間違ったことを言ってしまったのです。
語彙にまつわるエピソード
苦い経験はそれくらいですが、語彙にまつわるエピソードはもっとたくさんあります。
あるミーティングかなんかで私は、
彼は外国語を学ぶ素地ができているよね。
といった発言をしました。そしたらそこにいた全員(日本語母語話者)が
ソジ??
と言うのです。「え?そんな言葉知らない」「どういう意味?」「普通に使うの?」「スジはおいしいけどね」とお姉さま方に詰問されてしまいました。私もそんな風に言われるから自信がなくなって自分が間違っているのか?そんな言葉ないのか?と思いつつ家路につきました。まあ、家で辞書を見たら当然辞書に載っていました。
翌日、「辞書に載ってました」と言ったら、
辞書に載っているからと言って、使う言葉であるとは限らない。
と言われて、なんか一人異星にいるような気がしました。
「ご飯食べました」
「え?タベルって何?」
「「食べる」は辞書にのっていますよ」
「辞書に載っているからと言って、使う言葉であるとは限らないよ」
と言われたらどんな気持ちになるでしょうか。私にとって「素地」という言葉は血となり肉となっている言葉で、その意味では「食べる」と同じなんです。
また同時期に、日本語教師の人(日本語母語話者)と話していて、
私「量販店で買った」
同僚「リョーハンテン?初めて聞いた!」
私「あの人は日本語教育界の重鎮みたいな感じがしますね」
同僚「ジューチンって何?それ普通に使うの?」
みたいな出来事があり、非常にびっくりしたことを覚えています。
語彙は人によって違う
私は決して「簡単な言葉をしらないアホな日本語母語話者が多い」ということを言いたいのではありません。
私が言いたいのは
語彙というのは本当に人それぞれである
ということなんです。私の発話を理解してくれなかった人々も、別に知性で劣る人々ではありません。全員ちゃんとした人ですし、むしろ教養がある部類に属する人達です。それでも、
ある人が当然だと思っている言葉を知らない
ことがあるのです。それは私も例外ではありません。ですから最初に私の頓珍漢な「退勤と退社」の間違いの例を挙げたのです。
そういったことから「ざっかけない」という言葉についても一般の認識を知っておくべきであると思ったからわざわざアンケートまでとらせてもらったのです。
聞かれたら自分を疑え
学習者が「先生、○○という言葉はあんまり使わないと日本人の友達に聞きました」というようなことを言ってくることはありませんか?でも教師としては「結構使うよな~」と思うようなことがあるはずです。
あるでしょう?
例えば○○に入る言葉は、良い例かどうかはわかりませんが、パッと思いついたのは、
「内包」とか。
まあ確かに「内包されている」よりは「含まれている」の方が日常的にはよく使うと思いますが、「内包されている」も使うときには使いますよね。文脈によっては「含まれている」よりも「内包されている」の方がしっくり来るときがあるものです。
「「内包」はあんまり使わない」というのは「日本人の友達」の意見であり、一般の見解とは異なるでしょう。私は週に3回くらい使いますからね。
また、別の場合もあります。
「先生、この言葉はよく使いますか?」という質問を受けたりすることもあるでしょう。もしそれがよく使うような言葉なら、「これはよく使いますよ。必須単語です」と言えるのですが、それがあまり一般的でない単語の場合、ちょっと返答にこまることがあります。
何故困るかと言えば、「よく使う、あまり使わない」は私の判断でしかないからです。また、もし仮に学習者が、上で挙げた日本語教師に
「リョーハンテンって言葉はよく使いますか?」
「ジューチンって言葉は一般的ですか?」
と聞かれたら、「そんな言葉はない」と答えてしまうかもしれません。それは絶対だめですよね。
ですから私が今日言いたいことは、
日本語教師は自分の守備範囲にない言葉が出てきてもそれを軽々しく、「そんな言葉はない」とか「あんまり使わない」と言ってはいけない。
ということです。せめてまずは、ググってみる、人に聞いてみるという態度が必要ですね。
さてみなさん、「「ざっかけない」って言葉はよく使いますか?」と聞かれたら何て答えましょうかね。「さくまさんのフォロワーの3%くらいが知っている言葉ですが、飲食店についての本にも出てきたりする言葉です」というのが正解です(笑)