献本していただき、以下の本を読みました。すぐに授業に役立つというわけではありませんが、今後聞き取り教材を作成することになった場合、とても役に立つ内容だと思いましたので簡単に内容をご紹介したいと思います。
野田尚史・中尾有岐編(2022)『日本語コミュニケーションのための聴解教材の作成』ひつじ書房
どんな本か
ほんと、タイトルそのまんまです。
聞き取り教材は、こういう過程を踏んでつくればよろしい!
という内容です。
と、言葉にすると簡単そうですが、いやいやその「過程」というのがなかなかすごいんですよね。
ここで紹介されている場面は、
飲食店
雑談
講義
会議
の4つなんですが、それぞれの場面における一次資料(つまり実際の会話)を分析し、
・どういう特徴があるか
を洗い出したうえで、
・学習者はどこに聞き取り上の難しさを感じるか
をまとめ、最後に
・こういう教材を作ればよいのではないか
という提案をしています。
飲食店での会話を例に
という内容の本なんですが、それだけではちょっと(私の説明が)わかりづらいので、第2部の「飲食店スタッフの発話を聞く教材」の内容をかいつまんでみます。
まず、「どういう特徴があるか」という部分では、実際に日本の飲食店に赴き会話を録音分析したようです(それだけでも相当な作業量です)。その結果、飲食店の種類による会話パターンの違いが見つかったそうです。
想像しやすいところでいうと、ファストフードの店では「お持ち帰りかどうかを聞かれる」、「飲み物のサイズを聞かれる」などがありますよね。和食の店では、入店したらすぐに「座敷かテーブルかなどを聞かれる」とか。ファーストフードの店で「何名様ですか?」と聞かれることはまずないとか。
で、このようにだいたい飲食店のジャンルによって聞かれる内容や順序は決まっているということが調査の分析でわかったようです。だったらそこで使われる単語やパターンをある程度練習で覚えてしまえば、そこでの会話がうまく聞き取れるわけですから、そういった教材を作ればいいということになります。
次に、「学習者はどこに聞き取り上の難しさを感じるか」ということですけど、これは実際の飲食店での会話(録音か録画?)を学習者に聞かせて、その内容をちゃんと理解しているかどうかを調査するというものでした。
その結果、飲食店での会話パターンが「自国のそれと違う」ということで聞き取れないケースが結構あるということがわかったそうです。
たとえば、ある国では「コーヒー」といえば「ホットコーヒー」を指すんだそうです。そういう前提で日本の店に行った場合、「ホットですか?アイスですか?」と言われると戸惑ったり聞き取れなかったりすることは十分あると思います。
例えば私もカンボジアにいたころ。アイスコーヒーを注文すると「How about sugar?」と聞かれるんですよね。日本の常識でいうと、アイスコーヒーは普通無糖で出てきますよね。お好みに応じてガムシロップを自分で入れるのが普通かと思います。でもカンボジアでは最初に砂糖の量を指定して店員さんに入れてもらうところが多いようです。
もちろん「ハウアバウトシュガー?」なんてなんでもない表現なんですけど、急に予想外のことを聞かれると聞き取れなかったりするものです。
だから、そういう日本特有のパターンとか単語とかを聞き取るべき部分として教材にいれておくべき、ということですね。
最後に、「こういう教材を作ればいいのではないか」というところですが、もう説明の必要はないでしょう。どういう会話の特徴があるのか、学習者はどこに難しさを感じるのかが上の調査・分析でわかっているので、それに応じた教材を作るのです。
例えばファーストフードの店だと、必ず「店内で食べるか、持ち帰るか」を聞かれます。でも、言い方はいろいろあります。王道は「店内でお召し上がりですか」だと思いますが、店内の飲食スペースが狭くて多くが持ち帰りをするような店だと、「お持ち帰りでよろしいですか」と聞かれるかもしれません。単語が変わったら意味がわからないようだとダメですから、いろいろな表現を聞かせる練習を組み込んだりする必要があります。
そうやって作られた教材が見られる
そのような聞き取り教材の作り方、というか分析の結果・提案などが詳しくなされている本書ですが、その研究結果がある程度形になったものがウェブ上で公開されています。
これは私がグダグダ説明するより、皆様が見て体験した方が早いと思いますので説明は割愛します。ツイッターで述べた個人的な意見だけを掲載するにとどめておきます。
この練習、いいなあ。
— さくま しろう(佐久間司郎) (@shirogb250) May 23, 2022
私が外国にいくなら、こういうのをやりたい。クメール語にもこういうのがあったらどれだけよかったろうかと思います(探せてないだけかもしれませんが)!https://t.co/3dcpCVzpTV
まとめ
というわけで、最近読んだ 野田尚史・中尾有岐編(2022)『日本語コミュニケーションのための聴解教材の作成』ひつじ書房 の紹介をさせていただきました。
結構な規模のプロジェクトでかなりたくさんの方々が著者として参加されています。個人として、このようなプロセスを踏んで教材を作るのは難しいかと思いますが、それでも聞き取り教材についての考え方、エッセンスなどは学べると思います。
教材の作成の基本はこの本の最初にも記してありますが、
(1)現実的な状況設定
(2)明確な目標設定
(3)聴解技術の明示
というものですね。聞き取り教材が個人でも簡単に作れるようになった今ですから、そういう基本的な原則は肝に応じておきたいものです。
佐久間さん!こんなに丁寧にレビューを書いていただいてありがとうございます。野田先生にもご報告させてもらいました。うれし~。今後ともよろしくおねがいします。
いいえ、こちらこそ(大したことはしてないのに)高価な本をお送りいただきありがとうございました。
大変勉強になりました。こちらこそよろしくおねがいします。