会話授業のフィードバック・誤用訂正について

投稿者: | 2020年10月17日

ちょっと前に、私が職場で関わっていたオンライン授業についての記事を上げました。


↑を見てもらえればよくわかりますが、この授業の主眼は「アウトプット」であり、一文ではなく、ある程度まとまりのある日本語を話せるような能力を身につけるというのが目的です。

この授業を3人でやっていたのですが、学習者の発話へのフィードバックをどうするか?というのが悩ましいところでした。

初級のはじめの方であれば学習者の発話は一文で終わることが多く、その間違った部分を明示的であれ暗示的であれ指摘したり、直したりすれば良いと思いますし、比較的それが楽にできますが、1分ほどの長さのある発話へのフィードバックはどうすればいいか?

私がおこなった授業の資料で残っているものがありますので、その一部を見てみたいと思います。この記事は、正しいフィードバックのやり方を教える記事ではありません。ただ私がやったことを元に客観的にそのやり方について考えてみるものです。

みなさんがこれを見て、「それはおかしい」と思ってもいいし、「確かに!」と思っても、なにか考えるきっかけになれば良いと思っています。

誤用訂正なし

「ある程度まとまりのある日本語」を話せるようになるのが、この授業の目標です。授業では段階を踏んで、最終的に1分程度の長さの発話ができるように持っていきます。

そして、だいたい「宿題」として、自分の発話をビデオに撮って提出してもらっていました。その中の一例を↓にご紹介します。発話を私が文字に起こしたものです。

私の朝ごはんは毎日よく食べます。一番大切なご飯と思ったから、少しでも食べようとします。昼ご飯は時々勉強が忙しいですから、だいたい食べません。でも食べた時はよく家族と一緒に食べます。夜ご飯は昼ご飯と同じです。でも時々家族と外食をして色々な変わったレストランに行きます。一日3回食べるようにしたいです。子供の時は野菜はあまり好きじゃないです。それによく肉と野菜を食べました。でも今は豆腐と色々な野菜に好きになって、母も嬉しいになります。

どうでしょうか。みなさんならどのようなフィードバックをするでしょうか?私たちは学習者から寄せられたビデオに対してビデオで返答をしていたのですが、その時の私のフィードバックは以下です。

●●さん、ありがとうございます。そうですか、実は私も朝ごはんがとても重要だと思っています。一番好きです。それと、そうですか、カンボジアの人も豆腐を食べるんですね。私も豆腐が好きです。同じですね。はい、今日もありがとうございます~

というわけで、今みると、誤用に関するフィードバックは一切ありません。何故私は誤用に対するフィードバックをしていないのか、考えてみました。

まずですね、学習者の発話を聞くと日本語の規範からは外れた部分がたくさんあるのはわかりますが、

言いたいことはわかる

んですよね。言いたいことはわかるということはコミュニケーションがとれているということです。

だったらいいんじゃないの?

と考えたのかな~と思いました。

とにかく話してください

こんなことを言ったらみなさんに怒られちゃいますね。誤用は早いうちに直していかないと、それが化石化しちゃうとか言いますよね。

ただですね、変な言い方ですけど、

誤用は発話するから現れるもの

なんですよね。例えば、私は今日カンボジアの人に英語で話しかけられました。

ある施設を利用していて、私が終わるのを待っていたその人が「You finish? 」というので、私は「ヤーヤー」と返答しました。そして「Can I use?」というのでまた「ヤーヤー」と言いました。そして「Thank you」というので、またまた「ヤーヤー」と答えました。

この会話で私は、ビートルズがやって来たかのように「ヤーヤーヤー」しか発しませんでした。ちょっとだけ関係性があった人だったので、ご機嫌伺いくらいはしても良かったと後で反省したのですが、この時はほんとにチャゲアスのように「ヤーヤーヤー」しか言わなかったのです。

それじゃ誤用も現れませんわ。

回りくどくなりましたが、私が上記の学生に誤用フィードバックをおこなわなかったのは

このレベルでは誤用など気にせずコミュニケーションがとれる喜びを感じてもらいたい。

ということなのかな、と思いました。私がこの学習者の発話に対してコメントをつけることによって、「私の話していることは通じている」と感じてくれて「次もがんばろう」と思ってくれることを優先したのだと理解しました。

※フィードバックは私がしたものですが、終わった発話はテキストとして独立しているものと考え、客観的にコメントをつけています。

レベルによる違い

しかし、誤用を訂正したり、フィードバックをすることの有用性は、ある程度認められていると思います。学習者の立場からすると「間違ったところがあったら直してほしい」と普通は思いますよね。

で、この授業で受け取った宿題ビデオを他にもいくつか振り返っていたのですが、誤用に対するフィードバックをおこなっているのもありました。以下は学習者の発話の書き起こしです。

★★年くらい前、家族と●●に旅行に行きました。
プノンペンから▲▲まで、ベトナムを経由していきました。
そのとき私は若かったので旅行のことをあまり覚えていません。
でも覚えているのは、船に乗ってイルカを見ることとサンドボードをすることです。
そして山にあるレストランで昼食を食べることです。
私は鶏肉をまるごと食べて、家族のみんなはびっくりしました。
そのとき、行ったことのある国は■■だけで、●●の旅行はとってもわくわくしました。

さきほど上げた学習者よりは間違いが少ないことがわかりますよね。この学習者へのフィードバックビデオは以下のようになっていました。

○○さん、ありがとうございます。そうですか。小学生のとき●●へ行ったんですね。あ、でもその時は「若かった」よりも、「小さかった」を使った方がいいですね。鶏肉を食べたり、イルカを見たり楽しい旅行でしたね。

どうも学習者の母語であるクメール語で「若い」に対応する言葉「クメイン」の指し示す範囲は「若い」より広いようです。母語の干渉かなと私は考えたようです。「小学生の時」を「若い」と表現するのは日本語では適切ではありませんから、それに対する「訂正」のフィードバックが入っています。

なぜ、私はこの学生に対しては誤用に対するフィードバックをしたのか考えてみましたが、それは日本語レベルの問題なのではないかな、と思います。

この学生は、比較的レベルが高く、この程度の文章であればおそらく空でもペラペラしゃべれるくらいです。だからこそ、内容への感想とともに、「ここは日本語ではちょっと違いますよ」という点を一点だけ入れたのでしょう。そうじゃないと、この学生にとっては学びがないと感じたのかもしれません

ちょっとしたまとめ

上の2つの例しか出していませんが、この例から私のフィードバックについて導出できることは、

・あるレベル以下の学生には細かいことを言わず、とりあえず話してくれてありがとう、あなたの話は十分アンダースタンダブルですよ、というフィードバックメッセージを送っている。

・あるレベル以上の学生には、内容について言及しつつも、一点だけ訂正的フィードバックを行なっている。

ということです。

それを客観的に考えてみたんですけど、概ねそれは悪くないと思いました

最も良いと思ったのは、誤用が発話に複数あっても訂正は1点だけということです。もちろん学習目的にもよるとは思いますが、人間の常として何点も指摘されてもきっと忘れてしまいますよね。

きっと、2番めの学生は勤勉な学生ですから私のフィードバックを受けて、日本語の「若い」の守備範囲について自分で調べているに違いありません。それでその一点だけでも理解できれば、まあ誤用訂正の意味はありますよね。

あと、別に私のやり方が正しいと言うつもりはありません。反省したのは、比較的レベルの低い学生でも、一点だけなら明示的なフィードバックをしたほうが良いのかなと思いました。とりあえずあなたの話はわかるけど、ここはこう言ったほうが良いねくらいのフィードバックがあったほうが、本人は勉強している気になるのではないかな、と思いました。まあそれが身につくかどうかは別として、ですね。

最後に

以上、私のおこなった授業でおこなったビデオに対するフィードバックについて書きました。何度も言っていますが、別にこれが正しいやり方というわけではありません。

で、最後に思ったんですが、ビデオを提出されるのは悪くないですね。というのは、授業の流れで同じことをしゃべってもらっても、なかなか瞬時にフィードバックってできないんですよね。

でも、ビデオでしたら、ゆっくり考えることができますし、それを場合によってはテキスト化してフィードバックすることも可能です。また、フィードバックを受ける方も、落ち着いた状態でその訂正を聞くことができるのではないでしょうか。

特に結論はありません。

会話授業のフィードバック・誤用訂正について」への2件のフィードバック

  1. まどか

    とても参考になりました。フィードバックのし方、いつも悩む点です。活動、課題によってし方も変わってくるでしょうしね。私は授業で出し合った意見、教科書の内容を踏まえて、自分の意見を口頭で伝える、というのを毎週課題で出しているのですが、文法の細かい点や意見の内容がどうの、というよりも、とにかく言いたいことが伝えられて、私が理解できていれば褒めちぎっています。課題に取り組んだ時点で、私的には「がんばった賞」をあげたい気持ちなので。ですが、最後に一言「何が良かったのか」や「もう少しよくするためには」を1点だけ具体的に付け加えるようにもしています。私のフィードバックがどう受け取られているのか、一度学生にアンケートしてみないとなーと思いながらそのままになってしまっています。

    返信
    1. shirogb250 投稿作成者

      コメントありがとうございます。
      実はわたしはフィードバックには悩みこそしても、
      それほど真剣に考えたことがなかったんです。
      でも調べてみると、
      「テキスト化した方がよい」とかいろいろな考えがあって、
      他の人はどうやっているんだろうか、と思いこんな記事を書いてみた次第です。

      フィードバックに対するフィードバックを受けたい、ということですね(笑)
      なんか構造的におもしろいですね。
      でもおそらくまどかさんのやり方は、
      ここでの文面を見るとかなり受け入れられているような気がしますね〜

      返信

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です