ソバーな生活①~アルコールを摂らない生活へ~

投稿者: | 2021年5月17日

今からここに書くことは、日本語教育とも外国語学習ともなんの関連もありません。ただ、ちょっと前から意図してアルコール類を摂取しない生活を始めたので、そのことについて書きます。文章の目的は大きく、以下の2点です。

・自分のための忘備録として
・アルコール摂取に疑問を感じつつある人への参考情報提供

誤解なきよう先に書いておきますが、これは読者諸兄・諸姉に禁酒を進めるものではありませんし、お酒を飲む人を批判するものでもありません。そのあたりは前もってご了解いただきたいと思います。

また、ご存じない方のためにソバーという用語を説明しておきますと、これは英語で「Sober」で、素面という意味だそうです。そしてソバーキュリアス(Sober Curious)という言葉があるそうで、お酒を飲める人があえて飲まないこと、あるいは少量しか飲まないことを言ったり、そのようなライフスタイルを指すそうです。

前提

私は、割と酒が飲める方です。同年代の日本人男性を無作為で10名抽出した場合、酒の強い方から数えて4番目くらいになるのではないかと思います。本当に強い人と比べると劣りますが、強い人ともまずまず付き合って飲める程度です。ドラゴンボール(サイヤ人が来たくらい時点)で言えばクリリンくらい、キャプテン翼で言えば石崎君くらいでしょうかね。

また、若いころは飲むのが好きでした。「遊び」と言えば酒を飲むことでした。

しかし、28歳で結婚しその翌年子供ができると、さすがに身重の妻とか乳飲み子とかをおいて外で遊ぶわけにはいきませんから、外で飲むことはめっきりなくなりました。。外で飲むのは職場の飲み会か、家族親族との付き合いくらいになりました。

しかし飲むことは好きでしたので、週末なんかは子供が寝た後とかにちびちびとビールや焼酎を飲んでいました。子供がいると夜中起こされることもありますし、朝はたたき起こされるので量はそんなに飲みませんでした。

家で飲むのも、時間が経つにつれて少しずつ量が減ってきて、このソバーな生活をはじめる直前では、週に1回350ミリリットルのビールを一本飲む、くらいでした。

まとめますと、昔はよく飲んだが、最近はあまり飲んでいなかったというところでしょうか。

きっかけ

もし私がアル中レベルの酒豪で、健康状態が悪いようならソバーを志すのもわかりそうなものですが、基本的に私は適度な飲酒量でしたし、特に体のどこかが悪いということもありませんでした。で、なぜにソバーを志したかというと、まあ理由は挙げようと思うといくつかあげられるんですが、最初の気づきは、

自分は中毒なんじゃないか?

と考えたからです。週に1度350ccのビールで中毒?というのは解せない方もいると思いますが、やっぱそうなんですよね。あのですね、ふと気づいたんですが、ある場面になると飲みたいスイッチが入ることにやっと気づいたんです。例えば、

・休みの前の日
・外食したとき
・旅行したとき
・ストレスがたまった時
・うれしいことがあった時
・おいしい料理を目にした時

・黄昏ている時

こういう状況になると、「飲みたい」というか、「飲まざるを得ない」と思ってしまうんですね。逆に言うと、

何かと飲む理由を探している

自分に気づいたんです。またそれでもお酒がおいしく感じられればいいんですが、特においしいとも思っていなかったんです。ある時は「そんなうまくないけど、週末だしな。景気づけておくか」くらいの気持ちでハイネケンを一本買ったこともありました。

で、ですね、ふとある事柄と飲酒が関連付けられました。それは煙草です。

きっかけ2

私は以前煙草を吸っていました。でも26の時に当時の同僚に誘われて禁煙クリニックに行ったんです。で、それが功を奏してたばこをやめることができました。それから15年間、一度もたばこを吸っていません。

で、ですね、喫煙していた当時を考えてみると、お酒と非常に似ているんです。ある状況になると無性に吸いたくなるんです。

・起床後
・食後
・飲酒時
・喫茶店にいる時
・人を待っている時
・休憩時間

・黄昏ている時

そういう状況になると、吸いたいとか吸いたくないとか以前に、スイッチが入ってしまい、吸わざるを得なくなっていました、当時の私は。起床時なんて「おえっ」となることがわかっていても毎日吸ってましたから。禁煙直前を思い返してみても、本当に「たばこうまいな~」と思って吸っていたのは「食後」の1回くらいです。

それで、この時の経験を思い出し、ある時、

お酒もたばこも構造は同じなんじゃないか

と思うに至ったんですね。もちろんたばことお酒は別ものなんで、この考えに同意してもらえなくてもいいんですけど、私はお酒とたばこを本質的な構造が同じものとして扱うことにしました。で、思い至ったのは、「自分はたばこを辞めたことを、1ミリも後悔していない」という事実なんですね。むしろ、あのとき辞めてなかったらどうなっていたんだろうか、ぞっとするくらいです。

なので、もしその両者の構造が同じだったらお酒をやめることにも同じことが言えるのではないか?と思ったんですね。つまりお酒を辞めた後、お酒を辞めたことを一ミリも後悔しないどころか、「あのとき辞めなかったらどうなっていたんだろうか、ぞっとする」と15年後に言っているのではなかろうか、と思ったのです。

それがソバーな生活をおこなおうと思ったきっかけです。

はじまりと経過

たばこは辞めようとおもって辞めましたが、今回のソバーな生活のはじまりは突然に始まりました。ラブストーリーは突然に、ならぬ、ソバーキュリアスは突然に、ですね。

ある時週末に2週連続で体調を崩したんですね(お酒とは関係なく)。それで、偶然お酒を飲まない期間が3週になりました(平日とかはほとんど飲まなかったので)。それをチャンス!と思って、事後的にソバーな生活をスタートさせたのです。はじめた時点で3週間ソバーだったわけですから儲けものです。

もともと酒量は多くなかったので、特に禁断症状的なものはありませんでしたし、努力を要することもありませんでした。

一度だけ、始めて3か月くらいのときに引っ越しをしたんですが、その日私は妻子が寝静まった後で一人部屋の片づけをしていました。11時くらいに目途がついたので寝ようと思ったんですが、充実感と適度な疲労から無性にビールが飲みたくなりました。でも、うちには酒がありませんから、冷蔵庫の中に入っているリンゴジュースをがぶ飲みしました。ふだんは甘い飲み物ってあんまり飲まないんですが。それを飲んで喉を潤すと「ビール飲みたい」という感覚は消えていきました。

やっぱり状況や思い込みに支配されていたのだなと認識する良い機会となりました。

いまソバー生活4カ月くらい終わったところなんですが、その時以外に酒を飲みたいと思ったことはありませんし、酒の存在を忘れていることも多々あります。今私の住んでいる地域では酒の販売が禁止されていて、商店にいっても酒が陳列されているところは目隠しされているんですけど、その様子を見たときも、「なぜここは目隠しがされているんだろうか」と一瞬考えるくらい、酒が意識に上ってこないんです。

弓の名人が弓を極めてからは弓を意識しなくなった中島敦の『名人伝』のようなもので、私もお酒というものを現在では意識しなくなったということですね。

懸念

おそらく、酒をやめても良いと考えつつも、なかなか実行できない人はいると思います。その最も大きな理由は、

人づきあい

ではないでしょうか?やっぱ「どうぞどうぞ」と勧められたら飲んだ方が角が立ちませんし、酒を飲むことによって人間関係が形成されることもありますよね。私も同じ懸念があったんですが、これもたばこを考えることによって克服しようと思っています。

たばこって一般に「百害あって一利なし」と言われますよね?でも私は喫煙していた当時、「一利ある」と思っていたんです。それはやっぱり人間関係なんです。

喫煙経験のある人ならわかると思いますが、喫煙者同士って特別な関係を築きやすいんですよ。学校とか職場で煙草を吸うときって決められた場所、決められた時間に吸うことが多いじゃないですか?それで喫煙者同士自然と仲良くなったりするんです。仲良くなったら「一服しようか」とお互いに誘い合ったりもします。

特に私が吸っていた当時はスマホなんかありませんし、喫煙室で一緒になったらいろいろ話をしたりするんですよね。で、禁煙を志した時、私が懸念したのがそれなんです。

煙草をやめることによって人間関係を失うのが嫌だ

↑これどう思います?バカですよね。そんなの失って困るものじゃないから!でも当時の私は結構本気でそれを考えていたんです。

翻って飲酒。どうですか、飲酒をしないことによってなくなる人間関係。もともと酒を一滴も飲まない人もいるわけですし、辞めたらやめたで特に気にしなくなるだろう、というのは予見できますね。

ただ、構造は同じでも社会的な扱いがたばことお酒では違いますからね。当時でもたばこは悪者扱いではありましたし、社会的に「害悪の根源」的な扱いをされていました。

ですが、お酒はまだそこまでは認定されていませんからね。そういった意味で構造は同じでも、人間関係的ハードルは高そうです。

ただ、私も中年の年なんで、若いころに比べると社会的な権力はついてきています。若いころは「飲まないことにしているんです」などと言おうものなら「おめえ、おれの酒がのめねえのか!」と言われますが、ある程度の年になると「私は飲みませんので」で済むことも増えます。そういった意味でもソバーライフがスムーズに進むかもしれませんね、若い人に比べると。

懸念2

あと、酒ってやたら持ち上げられたり、意味付けがされることがありますよね。特にワインとか、日本酒とか、ウイスキーとかって、その背景には結構いろんな歴史とかあったりしますし、社会的にかっこいいものとされている部分もあります

私も昔、だれの小説か忘れましたけど、かっこいいハードボイルド的な主人公がウィスキーを飲んでいる様子を見て、どんな味がするんだろうか?と思い酒店に駆け込んだ記憶があります。

コートの襟を立てた男が見知らぬ土地で飲み屋に入りカウンターに腰掛け、

ウーロン茶もらえるか?

なんて言ったらちょっと台無しですよね(笑)いや、本当は台無しでもなんでもないんですけど、とにかく酒にしてもかっこいいイメージががあるっていうのはソバーライフ入りの足を引っ張る要素としてあるってことです。

ただね、それはやっぱりたばこも同じなんですよね。かっこいい意味付けは昔からよくされてきました。太陽にほえろの松田優作とかたばこをくわえながら殉職したりしてますよね。

あと歌謡曲なんかでも例えば、90年代だと思いますが、イエローモンキーというバンドがあって「楽園」という歌がありました。そこでは、

メンソールの煙草をもって 小さな荷物で
楽園に行こう 楽園に行こう 大きな船で

という歌詞で始まるんですが、妙に旅情を掻き立てたてられます。そうか旅行に行くときはメンソールの煙草か、と思い、私はKOOLというたばこを一時期熱心に吸っていました(笑)

あと、2000年くらいには宇多田ヒカルが「First Love」という歌で、

最後のキスは たばこのフレイバーがした

と初恋?相手との過去を回想しているんですね。そうか、最後のキスはたばこのフレイバーがすると良いのか。

つまり、酒にしてもたばこにしてもなんとなくかっこいい側面はあるんですよね。

でも今、たばこを吸って「かっこいい!」「渋い!」なんて言われそうもないですよね。だからこそソバーな生活がしんどくなったら私は常にたばこのことを回想しつつ、乗り切ろうかと思っています。

まとめ

というわけで、5か月目に突入したソバーキュリアスな生活について書きました。

若い層ではお酒を飲まない人も増えているそうですし、こういったソバーなんちゃらみたいな言葉が出てきたことも追い風にはなると思います。まあ元酒飲みとしては、ちょっと物足りないと感じる部分もあるんですけどね。

また、私の場合、せっかく禁酒してもそのライフスタイルの変化があまり体に現れないのがちょっと寂しいです。ネットで調べると、「酒をやめてから睡眠の質が上がった」とか「やせた」とか、「頭がさえるようになった」という特典があるんですが、私はもともとそんなに飲まないので、飲まなくなってもあまり変わらないんですよね。だからそういうのはソバーを続ける動機にはならないんですよね。

でも、「何かあるごとにビールで乾杯する」という思考に変化が現れたことで、私としては一つ自由になれたと思っています。これだけでも価値があるな、と思います。

また、私は昔喫煙者だったことは私の黒歴史の一つだと思っていたんですが、こうやってお酒を断つことを考えるようになったのも喫煙&禁煙経験があったからなんだ、と思うとちょっと救われるような気がしてきました。

これは思わぬ幸運でしたね。

どこまで続くかどうかわかりませんが、とりあえずソバー生活4カ月以上経過した時点での率直な考えを言葉にしてみました。

最初に言いましたけど、これは

・自分のための忘備録として
・アルコール摂取に疑問を感じつつある人への参考情報提供

という目的で書いています。一年後の自分がこの文章をどう読むだろうか、というのが楽しみでもあります。

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