レビュー『親と子をつなぐ継承語教育』

投稿者: | 2020年6月2日

近藤ブラウン妃美・坂本光代・西川朋美編(2019)『親と子をつなぐ継承語教育 日本・外国にルーツを持つ子ども』くろしお出版

継承語教育の入門書とでもいいましょうか。それぞれの内容についてそれほど深く掘り下げているわけではないけど、継承語教育が関係する広い領域をちゃんとカバーしているような気がします。

第1部 バイリンガルマルチリンガル発達理論から見た継承語習得
第2部 海外における継承日本語学習者:言語学習・モチベーション・アイデンティティ
第3部 海外における継承日本語教育:指導・教材・評価
第4部 日本における外国にルーツを持つ子どもの継承語教育

そもそも継承語とは

継承語というのは最近よく聞く言葉ですが、ちゃんとした定義は難しいようです。本書によるとよく引用されるのは、マリア・ポリンスキーが提唱した、

習得の順番から言うと第一言語だが、その国の主要言語に移行したために(第一言語として)完全に習得しなかった言語(p9,10)

のようですが、「完全に習得しなかった」というあたりはなかなかデジタルに判断できないものですし、問題があり、なかなか

継承語とはこういうものです!

とは言えないようです。ただ、本書の中で扱う継承語は、

移住などの事情で、優勢言語でなくなってしまった第一言語を親と子をつなぐ継承語(p1)

と位置付け、継承語話者・継承語学習者を以下のように定義づけています。

主に、移住先の学校や大学で国の主要言語で教育を受けながらも、親の母語を自分の継承語として家庭、学校、コミュニティで学び、維持・使用しているバイリンガル・マルチリンガルの子どもや若者(p1,2)

となると、日本語を第一言語とする父と韓国語を第一言語とする母を持ち、カンボジアの日本人学校に通う私の二人の息子も継承語話者になります。日本語を主要言語として学校教育を受けていますが、韓国語も個人的に勉強しているからです。

つまり、うちの子たちはどこに住もうとどんな学校に通おうと、日本語および韓国語を学び続ける限り継承語話者となります。

国境を超えた子どもの異言語・異文化の壁

さて、バイリンガル教育や外国における日本語補習校の現状、若年層のための教材開発など、非常に幅広い分野に渡る話が盛り沢山なわけですが、私が個人的に最もおもしろいと思ったのは第4部の「日本における外国にルーツを持つ子どもの継承語教育」でした。

その中でも特に、15章の川上郁雄先生による「国境を超えた子どもの異言語・異文化の壁」には唸らされました。ここでは他国から日本へ移住してきた外国にルーツを持つ継承語話者のことについて書かれています(もちろんバイリンガル教育に関係する部分も多いです)。以下引用を交えながら内容を少しだけ紹介させてください。

まず、川上氏の継承語学習者に対する基本的な考え方は下の一言にあらわれていると思います。

大人は仕事で豊かな生活、学ぶ機会を求めて国境を越えて移動しますが、子供はその大人の都合によって移動させられるのです。(p225)

そうなんですよね。うちの子の場合は二人の親の母語が違うから「移動させられている」わけではないけど、大人の都合によって二言語の学習を求められているという点は間違いありません。

次に注目するのはここです。

子どもに共通するのは複数言語環境で成長している点です。つまり、子どもは、日本語以外の言語資源を持っているということです。(p227)

「言語資源」という言葉、

非常にいい言葉だなあと思いました。日本では日本語が主要言語で、これができないとなかなか社会生活は大変だと思いますが、それぞれの子どもが持つ母語の能力はまさに資源なんですね。役に立たないものじゃなくて、大切な資源なんです。

だから、日本語習得をすすめるなかではその資源をできるだけ活かすような方向に進むべきだという議論に移ります。これはバイリンガル教育における「氷山説」などに共鳴しますね。

バイリンガル教育における「氷山説」という言葉を聞いて思い出した話

そのような現象(母語の干渉など)は子どもが母語により培った「ことばの力」を発揮して、その力を利用して新しい言語による表現を創り出そうとしている過程と見ることができます。(中略)このような「ことばの力」を理解し、子どものことばの学びを支えていくことが大切なのです。(p228,229)

あと私が好きなのは、以下の部分です。

子ども自身が親の気持ちと同様に、親の言語を継承したいと思っているとは限りません。(p233)

大人としては様々な理由から子供に自分の母語を習得してもらいたいと思うかもしれませんが、

これらの考え方には(中略)子ども自身の視点はありません。(p234)

もうこの辺はほんとにそのとおりだと思います。しかし、親を一概に責められないというのもありまして、それは周りの目や過去のいわゆる「成功者」の話などが親にプレッシャーを与えるんですね。つまり2つの言語において、口頭コミュニケーションはもちろんのこと、読み書きも完璧にできる、みたいな(いわゆる均衡バイリンガル)そんな理想や目標と自分の子どもを比べてしまうんですね。それを川上氏は、

理想形のバイリンガル教育の呪縛(p234)

と言っています。もし「呪縛」だとすれば、それは親も子も被害者になってしまいます。わたしたちは、もう21世紀ですから、この呪縛を解き放つ時期にきているのではないでしょうか。

つまりわたしたちが今まで夢見てきた「均衡バイリンガル」は、あくまでも理想に過ぎないのような態度を一人ひとりの市民が持つということです。

親は均衡バイリンガルを「あくまでも理想」として捉え、教育に携わる人は子供の言語能力を最大限に引き出すような仕事をする。それで幸せになれる人がたくさんいると思います。環境や状況が自分の意思と関係なく変わり、結果的に均衡バイリンガルになるような人もいますしね。

バイリンガルを育てることが目標の親がを持つ子どもにとって、継承語の勉強は「辞められない習い事」のようなものです。私は過去に習い事をやめまくってきましたから、その辛さはわかります。

まとめ

というわけで、川上先生の部分だけピックアップしてみてきました。この部分が良かったというのもあるのですが、実は私川上先生の授業を受けたことがあるんですね。

東北大に在学中に、たしか「日本文化」的な留学生向けの授業がありました。普通は日本人学生は単位にもならないので出ないのですが、仲の良かった友達と一緒に先生に頼んで受けさせてもらったのです(おそらく先生はその時宮城教育大学の所属だったのでしょう)。

授業の内容は覚えていませんが、温和な先生が淡々と授業をすすめる様子はかすかに覚えています。またその授業でフィリピンの学生と仲良くなって一時期一緒に遊んだりしました。いい思い出です。

まあ、そんなことどうでもいいのですが、継承語やバイリンガル教育に興味のある人にとってはおもしろい本です。ぜひ読んでみてください。

ちなみに、さっき調べたらバイリンガル関連のエントリーが結構たまっていることに気づきました。過去の投稿、よろしければご笑覧ください。


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